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やっぱり今日もひきこもる私(318)東京のひきこもり、北海道へ向かう<6>駅弁の原型を求めて

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by ぼそっと池井多

 


すでに札幌へ着いて講演をさせていただいた話を、前回「やっぱり今日もひきこもる私(317)」に書いてしまったため、時間的には前後するが、この「東京のひきこもり、北海道へ向かう」シリーズとしては、「やっぱり今日もひきこもる私(316)<5>蝦夷地共和国の幻影」のつづきである。

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函館から、函館本線を各駅停車で乗り継いで、約9時間かかって札幌に到着した。

それは、私にとって「あっという間」の旅路であった。

 

東北地方を奥羽本線で北上した12時間は、最後の3時間、秋田から青森までが長く感じられた。おそらく夜に入ってしまい、窓から外が何も見えなかったからである。

 

そこへいくと、今回の函館から札幌への9時間には、ずっと昼の光があった。

山間部を走るとき、ところどころ小雨やみぞれが降ってきたが、またそれが適度なワイルドさを演出し、ほとんど手つかずの原生林に見える窓の外の光景に、私はまったく飽きることがなかった。 

スマホの電波は、しばしば圏外になった。

 

 

 

 

東京を出発する前から、函館本線の森駅で売っているという駅弁「いかめし」を食べたいと思っていた。

昭和の昔には、首から駅弁を載せたボードを首から下げた駅弁売りが、ホームで列車の到着を待っていたものである。 乗客は、列車が停車するとすばやく窓を開けて、駅弁やお茶を買ったのだった。停車時間が短いと、売買が完了する前に列車が出発してしまうから、それはスリリングでさえあった。

ところが、目指す森駅に着いてみると、駅のホームは閑散として人っ子一人おらず、もちろん駅弁売りもいない。

停車時間は14分だという。

そこで、私はいったん列車の外へ出て、小さな駅の待合室をのぞいてみたが、そこにも駅弁売り場はなさそうである。

改札口の駅員さんに、

「あのう、駅弁は売ってないんですか」

と訊くと、若い威勢のよい兄さんタイプの駅員は、

「おっ、『いかめし』っすか。それだったら、駅を出て……」

と教えてくれた。

なんと駅弁を買いに、乗客は駅を出て、お店へ買いに行かなくてはならないのである。

 

言われた方向へ歩いていくと、昔のタバコ屋のような小さな店があり、たしかにそこでいかめしを売っていた。

 

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こうして私は、ようやく念願のいかめしにありついた。

中ぐらいのサイズの新鮮なイカを醤油で煮て、中に白飯を詰めた、ただそれだけの弁当である。

 

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幕の内弁当のように、さまざまな付け合わせを美しく詰め合わせた弁当ではない。

まさに旅する者の空腹を暫定的に満たすという目的だけのために作った弁当、という感がある。

ぶっきらぼうなまでに素朴な、いわば原型駅弁であった。

箸がついてこないが、楊枝で刺してあるので、手でつまんで食べられる。

さすがイカは小ぶりだが肉厚で、歯ごたえがあった。

 

 

私の乗った各駅停車には、他の乗客が何人がいたが、みな地元の人であるのか、私のようにわざわざ駅の改札を出ていかめしを買いに出る物数寄ものずきはいなかった。

この駅は、小さいながらも、いちおう特急も停車するようだが、いまどきの特急は窓も開かないだろうから、昔のように列車から乗客が買うこともできないと思われる。

となると、駅弁は駅で売らないのだ。

駅で買う弁当だから駅弁であったのに、いまは「全国駅弁フェア」のようなイベントが大都市のデパートで開かれると、そこで列を作って買うものになっている。

駅弁の機能を果たさない駅弁の時代になったのである。

 

 

 

 

原生林のなかにたたずむ駅の多くは無人駅だった。

それどころか、その駅に降りたら最後、駅から他のところへ行く道路がないという駅もあった。

そのため、そういう駅は、駅そのものが目的地となる。

つまり、村や集落など、どこかへ行くために駅に降りるのではなく、その駅へ行くために駅に降りるのだ。

駅の機能を果たさない駅である。

 

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比羅夫ひらふ駅もそうであった。

飛鳥時代阿倍比羅夫あべのひらふ蝦夷征伐で北海道に侵入してきて、この地を軍領としたことから、それが地名となり駅名にもなっている。

駅そのものが民宿になっていて、その民宿に泊まりにくる人がこの駅で降りる。

夏場は駅のホームでバーベキューもできるらしい。

こんな駅は、日本でもここだけではないだろうか。

片道あたり一日4本の列車しか停車しないので、それだけが客がこの宿へやってくる交通手段である。

 

 

 

 

 

ここへも、新幹線を通そうという計画がある。

函館本線に新幹線をつくり、新函館北斗・八雲・長万部倶知安新小樽・札幌と結ぶ予定となっているらしい。

すると、函館本線は、かつての東北本線信越本線のようになるのではないか。

つまり、私が乗っている各駅停車の線路は廃止され、比羅夫のような駅を停まりながら進む列車もなくなってしまうのではないか、と思われる。

 

人々は、このような駅を通らず、バスや特急や飛行機だけで都市間を移動するようになっていくのだ。

これを

「便利になった」

「生産性が上がる」

と喜ぶ人はたくさんいるのだろうけれど、私はなんとも味気なく感じられてならない。

 

 

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