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やっぱり今日もひきこもる私(320)東京のひきこもり、北海道へ向かう<8>コロナ下の札幌ラーメンな日々

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by ぼそっと池井多

 

麺好きな私が札幌に来て、札幌ラーメンを食べないわけがない。

北海道では一日に一食はラーメンである。

函館に上陸して、まずは函館の塩ラーメンを喰った。

 

札幌は、味噌ラーメンの本場というイメージがある。

しかし、地元の通にいわせると、それは誤っていて、札幌には醤油ラーメンも塩ラーメンも同じ比重で存在するのだそうだ。

 

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もともと札幌ラーメンは、大正11(1921)年に王文彩という中国の料理人が、北海道大学の前の竹家食堂という所で始めたリウ麺や肉絲ロウスー麺が始まりだといわれている。

王文彩は北京料理を専門とし、ロシアのニコライエフスクで働いていたが、ロシア革命の影響で樺太へ逃れ、日本の北海道へ渡ってきたのであった。

したがって、札幌ラーメンの原型はむしろ醤油や塩に近い中華料理だったと思われる。

 

そういう時代が四半世紀も続いた。

やがて、戦後になって札幌ラーメンが復興されたとき、主流となったのは醤油ラーメンだったらしい。

それでは、札幌にいつ味噌ラーメンが登場するかというと、意外にもだいぶ新しく、昭和36(1961)年になってからなのである。ほぼ私が生まれた年に近い。

それから昭和の高度成長期に、札幌の味噌ラーメンは全国の物産フェアで賞を取ったりしたものだから、「札幌ラーメンは味噌」というイメージが急速に全国で広まっていった。

そのころ千葉県に住んでいた私も、家の近くに札幌ラーメンの店ができ、味噌バターラーメンを食べたのをおぼえている。

 

そのため私も、「札幌ラーメンは味噌」とは「通でない」とわかっていながらも、やはり自分の味覚の記憶をさかのぼって、どうしても札幌では毎回、味噌ラーメンを頼んでいた。

 

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そうはいっても、私は札幌という街をよく知らないから、どこがうまいラーメン屋なのかなど知るよしもなく、持ち前のミーハーぶりを発揮してグルメサイトで検索し、口コミで評判の「名店」へ食べに行くことにした。

 

札幌には、ラーメン店が密集している「ラーメン横丁」が複数、存在する。

そういうところは、ラーメン屋しかない。

ラーメン屋の隣は、またラーメン屋なのである。

 

どこの店でも、味噌ラーメン、醤油ラーメン、塩ラーメンなどコンセプトは同じなのだが、店ごとに特徴を出そうとしてラーメンの名称を変えている。

私が「名店」と目したラーメン屋が店の外に出しているメニューを見て、

「よし、この『極うま味噌ラーメン』にするぞ」

と決め、扉を開けて中へ入り、椅子にすわって、カウンターの中の若い主人に、

「極うま味噌ラーメンを一丁!」

と告げると、主人は「あいよ!」と威勢よく返事をするかと思いきや、なにやら変な顔をして黙りこんでしまった。

そして、

「こちらからお選びください」

と卓上のメニューを指さした。

 

なにやら、さっき店の外で見たのとはちがうラーメンの顔である。

そこにも、たしかに味噌ラーメンはあるのだが、名前は「極うま味噌ラーメン」ではなく「超うま味噌ラーメン」になっている。

 

「しまった」

 

どうやら私は、「名店」の外のメニューを見て、隣の店に入ってしまったらしい。

ということは、私が入ったのは「名店」ではない、ということになる。

さらに、気がついてみれば、店には他に客が誰も来ていなかった。

空いている店は不味まずい、ということも考えられる。

 

しかし、いまさら

「あ、店をまちがえた。隣に入ろうと思ったんだ。だって、隣はグルメサイトで名店だから。さよなら」

などと言って席を立つことはできなかった。 

 

それは、一つには私がひきこもりであることと関係しているだろう。

このような状況でしっかりと、

「自分は隣の店に入るつもりであった」

ということを自己主張できないのである。

それでは、この店の主人に悪いと思う。

 

けれど、私の中に渦巻いていたのは、店の主人を気づかうやさしい気持ちだけではなかった。

ここで、グルメサイトで「名店」とされている「隣に入るつもりだった」といえば、自分がミーハーな、この土地に不慣れなバカ観光客であることが主人にばれてしまう。

「それはカッコ悪い」

という虚栄心が頭をもたげ、私は「隣に入るつもりだった」という事実を告げるのをやめ、店をまちがえたのを隠して、初めからその店に来るつもりだったふりをして「超うま味噌ラーメン」を食べることにした。

 

しかし、不本意に入ったという意識が先立つから、何事も不快に見えてくる。

若い主人は、髪を金髪に染め、耳だけでなく唇などにもピアスをしており、まるで高校生のアルバイトに毛の生えたような若者に見えた。

風体に職人らしさがない。

私は彼の唇ピアスを眺め、店を間違えたことをふたたび後悔した。

40代まで私は大食いで、ラーメン屋などは一食につき3軒ぐらい梯子できたから、そのころなら一食ぐらい「間違った」ラーメンを食べても痛手ではなかった。

しかし、今はちがう。ラーメン屋は一食にもちろん一軒が限界であるし、一日に2食もラーメンを食べるのは健康的にためらわれる。

つまり、私は札幌に滞在している日数しか札幌ラーメンが食べられないのだ。

その貴重な持ち札を、一枚ムダにした気がした。

 

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ところが、格好で人を決めつけるのはよくないということがジワジワと伝わってくるように、茶髪に唇ピアスの若者が調理している姿は懸命であった。

他の客は誰もいない沈黙の空間で、シャッシャッと若者が調理する音だけが響く。

まるで茶の湯のように、一対一の無言の対話の時間が過ぎていった。

そして、やがて出てきたラーメンは、予想したよりもはるかにうまいものだったのである。

気合が入っている一杯に感じた。

 

 

 

 

翌日、私は同じラーメン横丁へ出かけ、今度はまちがえないように、もともと私が目指していた「名店」の方に入って、首尾よく「極うま味噌ラーメン」を注文した。

 

さすがグルメサイトに載っているからか、こちらの方は客が多かった。

それだけに、こちらの店主はどことなく居丈高な中年男で、かなりぶっきらぼうであった。

まあ、そこまではよい。職人というのは、そういうものだ。そう考えて我慢することにした。

ところが、出てきたラーメンは、たしかに店の外に出ているメニューの写真と見た目は似ていたが、食べてみるとそんなにうまいものではなかった。

グルメサイトで評判が良くなったので、こちらの主人は気を抜き始めたのだろうか。

それとも、私が見るからに貧しい風体で、とてもグルメサイトに投稿する採点者にはなりそうにないから、舐めてかかったのか。

ともかく、こんなラーメンがグルメサイトで高得点をつけるとは、と私は内心あきれかえっていた。

 

さらに、これは店の責任ではないのだが、私がラーメンを喰っていると、あとから店に入ってきた若い女の客がマスクをつけないまま、ラーメンを喰っている私の頭ごしに、

「トイレって、どこですかっ!」

と叫ぶようにカウンターの中の店主へ訊いたのである。

 

札幌は、新型コロナの第3波到来といわれるほど感染者数がふえている時期である。とくに私がいる札幌中心部、ススキノで大量感染が発生している。

そのような時期に、この若い女の客は、わざわざノーマスクで私の上から飛沫を降らせるかのように、大声で訊いたのだった。

私はあわてて、自分が喰っているラーメンを身体でかばうように覆い隠した。

これで、たとえその女の口から新型コロナウィルスが撒き散らされたとしても、大切なラーメンの丼にかぶさっている私の背中に降るだろう。

女は、最近よく出てくる自信過剰なファッション・モデルのように、やや露出度の高い服を着て傲慢なしゃべり方をする、威勢のいい輩であった。

おそらくこの付近にお勤めなのだろう。

 

「マスクなんて鬱陶しいものはしてられないわ。

わたしは自由な女なの」

とでも言いたげに、店内に入ってきたときから独りだけマスクをしていなかった輩である。

いくら美しくても、そんな身勝手な若い女に、私はすっかり頭に来てしまった。おかげでラーメンも、いっそうまずくなった。

 

いくらグルメサイトで「点数が高い」「名店だ」などと言われていても、そんなものはほとんど何も意味しないことを、あらためて痛感した。

外食とは、個人的な体験である。

同じ店を訪れても、採点者と同じ料理が出てくるとはかぎらないし、そのときの店の中の雰囲気に至っては、毎回ちがうといって良いだろう。

また、たとえ採点者と同じ料理を食べても、けっきょく自分がそれをどう食体験するか、である。

私のなかでは、前の日に「間違って」入った店の方が「名店」よりもはるかに高い点数がついた。

 

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ラーメン横丁にもコロナが押し寄せていた。

あちこちの店がコロナのために閉店したり、長期休業していた。

非常事態宣言で外出自粛が呼びかけられた4月に、

「飲食店は、場所の退去通告が6ヵ月前のところが多いから、10月あたりに繁華街でたくさん閉店が出るのではないか」

などと言われていたが、まさにそれが本当のことになり、札幌市の中心部は金曜の夜のように週一番の稼ぎ時であっても、まるで櫛の歯が欠けたようにあちこちの店は真っ暗だったり、シャッターが下ろされたりしたままだった。

どんなに店の側が感染に気をつけても、一部の無頓着な客が撒き散らせば、「その繁華街が危険だ」ということになってしまう。

 

 

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