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やっぱり今日もひきこもる私(322)東京のひきこもり、北海道へ向かう<10>「そとこもり」としての鈍行の旅

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誰も乗ってこない車内は天国。

 

by ぼそっと池井多

 

今日のひきポスでは、これまで弊ブログなどに断片的に出してきた、私の「そとこもり」に関する考察をまとめて、「そとこもりの原理」と題して記事を書かせていただいた。

www.hikipos.info

「ひきこもり」を理解する人の中でも、「そとこもり」を理解しない人が多い。

そもそも「ひき+こもる」という動詞の中に、「内へ撤退する」という響きがあるため、それが「外へ」というベクトルと結びつかないのである。

しかし、ここでは「撤退する」という部分に重点的な意味が宿る。

「そとこもり」する側から言わせていただくと、撤退する方向が内ではなく外でも、何ら不思議はないわけである。

 

 

東京から札幌まですべて各駅停車で行くという旅路は、予想通り私をおおいに癒してくれた。

なぜ、それが癒しになるのか。

鈍行の旅そのものが、「そとこもり」であるからだと思う。

 

何時間も列車に乗っているあいだ、あまたの数の人が乗り降りするが、私の場合、車内ではたいてい誰とも会話を交わさない。

今はコロナだから、車内の会話が推奨されないということもあるが、コロナでなくても、私は車内では人と話さないのである。

おそらく「放っておいてくれ」というオウラを全身から発して、私は窓から外を見ているのだろう。

これは一種の「そとこもり」状態である。

 

後ろへ飛び去っていく車窓の風景を見ていると、過去のことがいろいろと思い出されてくる。

これは、おそらく精神療法などで使われるEMDR(眼球運動療法)と関係があるのではないか。

目を右へ左へ、あるいはグルグルと動かすだけで、脳の中の思考が進む。

それで悩みごとが解決するまでは行かないだろうが、一定の心理的な効果を得る療法である。

そこに加えて、つぎつぎと眼前に現われる風景が、さまざまな過去を記憶の前面に引き出してくる。

 

また、何時間もただ列車に乗っている、という状態がいい。

前に書いたように、8時間ぐらいまではまったく飽きない。

20代、そとこもりをしていたころも、私はアジアで、あるいはアフリカで、堅い座席のバスに何時間も揺られていた。

私と同じような旅人が、長い乗車時間に飽きても、どういうわけか私だけは飽きることがなかった。

移動は、そういう乗り物に乗っているだけで何かをやっている気分になる。

つまり、列車やバスの中で、何もやらずに無為に車窓を眺めているだけでも、ある街から次の街へ移動するという仕事をやっている。

 

これが、うつの頭にはよいのである。

うつで、何もできなくて、何もできない自分に焦りをおぼえる人も、長距離列車やバスで移動していれば、その中で「何もやらないで、何かをやっている」という感覚を得られる。

自分が作業として何かをやらなくても、目的地に向かっているという状態だけで「何かをやっている」という達成感がもたらされるのである。

 

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