VOSOT ぼそっとプロジェクト

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やっぱり今日もひきこもる私(332)ぜったいに謝らない者だから謝ってほしい

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Edited by ぼそっと池井多

 

りんご

TV(*1)を拝見させていただきました。


ぼそっとさんはお母さんとお父さんがどうすれば満足ですか?
謝ってもらいたいですか?

謝っても、うわべだけかもしれませんが。

 

今まで、ぼそっとさんと親の闘いを、文面だけですが、読ませていただいて、TVも拝見させていただいて、それでもぼそっとさんは親を求めているのかなあ、と私は思いました。


「どういう親の態度ならば、ぼそっとさんは満足なのかな」

と考えました。


私も親に謝ってもらったことはあります。
でも、なにか腑に落ちませんでした。

 

*1. 12月5日放送「ETV特集 ひきこもり文学」を指す

vosot.hatenablog.com


ぼそっと池井多

りんごさま コメントをどうもありがとうございます。
テレビの方もご視聴いただいたようで感謝いたします。

 

私は、母親に謝ってほしいです。


たとえうわべだけでも、私の母のようにぜったい私に謝らない人が謝るということは、それだけで決定的な何かを意味するからです。

 

母がひごろから謝るべきときには謝る人ならば、私は母に謝ることを求めないことでしょう。

しかし、なぜかぜったいに私にだけは謝らない母が私に謝るとしたら、そのとき母は、前の母と同じ人ではない、ということです。

だから、母には謝ってほしいです。

 

そして父親には、母親が私に謝る場を見て、何を思ったか正直に語ってほしいです。

 

りんご

そうなんですね。


謝ってもらえばたった1秒で終わることなんですが、長年の思いでなかなか上手くいきませんね。


私が一つ疑問に思ったことは、ぼそっとさんの母親はどのように育てられたのだろうか、ということです。

もしかしたら、同じように母親から厳しく虐待気味に育てられたのかもしれません。私はよく事情を知らないので、突っこんだことを聞くのは失礼かとは思いますが、この問題は自分の問題にもつながっている気がするので。

 

そういう親はやはり虐待してしまうとよく言われますよね。やろうと思ってもよい子育てができなかった可能性もあるのかなと思いました。

 

ぼそっとさんは頭も良く、何か国語も喋れて、初めて拝見した時は衝撃でした。
「こんな人がいるのか」と。

 

だから、こんな素晴らしいぼそっとさんを産んだ親も私にはありがたく思えます。
少なくとも私にはぼそっとさんの存在に勇気づけられました。

 

あと、ぼそっとさんがTVに出ているのを。親は知っているのか?見ているのか?
ということも気になります。

 


ぼそっと池井多

りんごさま ご再訪ありがとうございます。


私の母親にとっての母子関係は、当然のことながら疑問に上がってくることでしょう。

いままで私も折に触れてそれを書いてきました。

本ブログのどこかに埋もれていると思います。また、これからも折に触れて扱うテーマであることでしょう。

過分なお言葉の数々、いたみいります。

 

私の親はテレビを見ているのかどうか。
それは私にとっても最大の関心事です。
私がひきこもりなのに多少無理をしてテレビなどに出るのは、そのような間接的手段でも用いないと、私の母親に私の声が届かないからです。

 


りんご

お返事ありがとうございます。


連日のひきこもり祭りでお疲れがでていないか心配です。
私はなにか行事が続くとその後ぐったりなってしまうので。ましてやTVに出るなんてものすごく疲れそうです。


自分の子どもがTVに映って気づかない親なんているでしょうか。
気づかなかったらある意味すごいです。


そして全国放送で、自分への訴えを息子が叫んでいる。
それでなにも思わないならば、もうしょうがないかもしれません。


いろいろ考えてみて、これはもしかしたら、ぼそっと池井多さんがぼそっと池井多さんになるために起きたことなのかなあと思いました。


たとえば私は今ずっと母親といますが、意外に家の親のほうが毒親で、ぼそっと池井多さんを突き放し、一人で生活でき、本を書いたり、ひきこもりを助けたりできる男に育てた、ぼそっとさんの親のほうが、本当はいい親なのかもしれません。


私は親がいないとなにもできないけど、
ぼそっとさんはできる。

 

そこで、ぼそっとさんが幸せになるのが、一番親への仕返しになるのかなあと思いました。


私はまだ幸せではありません。
ぼそっとさんが本当の幸せにたどりつけることを祈っています。

 


ぼそっと池井多

りんごさま どうもありがとうございます。

たしかにひきこもり祭で連日疲れます。


自分はじっと部屋でひきこもっているだけなのに、意識してないようでも、テレビでは今日も自分がさらされているかと身体のどこかで感じているらしく、やたら疲れます。

 

「これはもしかしたら、ぼそっと池井多さんがぼそっと池井多さんになるために起きたこと」

私が私になるためのプロセス。
含蓄の深いお言葉です。

 

しかし、もしかしたらそれはきっと、誰にもそれはあてはまるのかもしれません。

 

みんな、思うに任せない人生を変えようとあがいているのは、それぞれが「自分」になるためのプロセスをたどっているのだとも考えられます。

 

 

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