VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

やっぱり今日もひきこもる私(354)続々・カルフーン実験が物語るもの ~体制化・モノアミン・対象の不喪失~

f:id:Vosot:20210223152002j:plain

Photo by Ricky Kharawala on Unsplash

by ぼそっと池井多

 

相変わらず、「やっぱり今日もひきこもる私(346)」でお伝えしたカルフーン実験の物語るものは何か、ということを考えつづけている。

vosot.hatenablog.com

 

カルフーン実験とは何か、ということを知りたい方は、以下のひきポスの記事をごらんいただきたい。

www.hikipos.info

 

この実験について、これまで2回にわたって、へたな考えをめぐらせてみたのだが、今日考えているのは、「食うに困らない」恵まれた環境に育ったネズミの中から「ひきこもり」のネズミが出てきたのはなぜか、という問題である。

 

「体制」の誕生

 「ひきこもり」のネズミたちは、他の大多数のネズミたちが繰り広げる縄張り争いや戦いに背を向け、ひきこもった。餌も、他のネズミたちが食べない真夜中などに食べるようになった。

 

他の大多数のネズミたちの関心事は、どの「ボス」ネズミに従ったら、あるいはどの派閥についたら有利か、といったことであった。すなわち、彼らの「世間」であるネズミ社会の趨勢が関心事だったわけである。

サルトル風にいえば、そういうことにネズミたちの意識の志向性がむいていた。サルトル人間主義ヒューマニズムだから、勝手にネズミに適用するな、と叱られるかもしれないが。。。

 

こうした意識の志向性が、全体としてネズミ社会に一つの「体制」を作っていったわけである。つまり、どのネズミを頂点として、どのネズミたちがその下に連なり、どういう「ネズミ内カースト」が作られるか、ということが決まっていった。

 

ところが、ひきこもりネズミたちは、そういう動きの埒外で生きていた。

つまり、ネズミ社会の趨勢や、ネズミ共同体の体制化は、ひきこもりネズミたちの関心事ではなかった、ということだ。

では、ひきこもりネズミたちは、何が関心事だったのか。

ひきこもりネズミたちは、何へ意識の志向性を向かわせていたのだろうか。

 

「自分のことしか関心がない」とはどういうことか

 答えは「自分」ということになりそうだ。

 

もっともネズミであるから、現代の人間である私たちがいう「自分」という概念で自分をとらえているわけではないだろう。

同じ人間だって、近代以前の人間は、こんにちの私たちがいう「自分」という概念では自分をとらえていなかったようである。

だからこそ、デカルト

我思う、ゆえに我あり

などという、一見なんの変哲もない言葉が衝撃だったのだ。

 

進化的に人間になる前の哺乳類たちとなれば、なおさらのこと。

けれど、それでもあえて言うと、ここでひきこもりネズミたちは、ネズミ社会の体制化には関心を示さず、もっぱら自分にしか興味がない生き方をしていた。

自閉症との混同を警戒しながらもあえていえば、「自閉的」なネズミが生育したのである。

 

いったい何が一匹のネズミを自閉的にするのだろうか。

 

人間であれば、後天的に学習したことがその原因やきっかけになりうる。

たとえば、外に出ることで怖い思いをした人は、その体験がトラウマとなってひきこもりになるかもしれない。

たとえば、プルースト失われた時を求めて』を全巻通読した人は、自閉的な世界観そのものに価値を見いだして自閉的になるかもしれない。

 

しかし、カルフーン実験で使われたひきこもりネズミたちには、人間にとってのこれらに該当する後天的学習がないと思われる。

つまり、ひきこもりネズミたちは「とくに何もないのに、生まれながらにしてひきこもりへと育っていった」のである。

 

ここが、一人のひきこもり当事者としてカルフーン実験を振り返るときのハイライトになる。

いったい何がそうさせるのか。

 

ネズミ脳のモノアミン仮説

私にとって、もっとも合理的に思われる説明は、脳内物質の組成のちがいである。

ネズミの脳の中にも、セロトニンドーパミン、アドレナリンなど、人間の脳の中にある脳内物質があるだろう。

 

人間におけるうつ病は、脳生理学的にはセロトニンなどの特定の脳内物質の不足から起こるというのが通説である。

人によって、血液の中に赤血球が足りない人、白血球が足りない人などいろいろな方がいる。同じように、脳にセロトニンが足りない人、ドーパミンが足りない人などいろいろな方がいても不思議ではない。

いま語っているのは、ストレスや悩みなどの精神的な原因でそれらが減っていくという話ではなく、生物個体の体質としての特徴である。

 

同じことがネズミにも言える。

セロトニンでもドーパミンでもモノアミンでも名称はこの際どうでもよいが、何がしかの生化学物質の組成が個体ごとにちがうのは、むしろ生物として当たり前と考えられる。

 

そんなわけで、もし生まれつきセロトニンの少ないネズミという個体が生まれたら、そのネズミは慢性うつ病であることだろう。

しかし、生まれたときからそういう精神状態なので、そのネズミ本人はとくに「気分が落ち込んだ」という自覚はないかもしれない。それは人間でも、新型うつ病でない本当のうつ病患者は、本人が感じている気分は必ずしも暗いわけではないというのと同じである。

 

そのように、ひきこもりネズミはセロトニンが少なければ、自分の脳の作動範囲を無意識に認識しているはずで、ひらたく言えば

「自分は、他の多くのふつうのネズミみたいにいろいろなことは考えられない」

ということがわかっていると思われる。

そのため、誰がボスであるかとか、どの派閥についたら有利かといったことまで頭をめぐらす気が起こらず、自分の生命の維持に最小限必要なセーフモードとして脳を作動させ、その結果、

「自分のことしか関心がない」

という状態になるのではないだろうか。

 

これが、素人なりに私が考えた仮説である。

 

他人はいなくても考える対象はある

ここには一つ隠れたテーマが潜んでいる。

 

人間の社会において、よくひきこもりでない人が、

「他の人に関心を向けろ。

社会へ関心を向けろ。

そうしないと世界が狭くなるぞ。

せっかく持っている頭なんだから、もっと使え」

と、ひきこもりに説教することがある。

 

なるほど、社会や他人へ関心を向けなければ、「世界が狭くなる」ということはあるかもしれない。そして、それはそれで不便な人生になるのかもしれない。

しかし、そのように思考の対象が自分だけに限られ、世界が狭くなったならば、持っている頭を使わないのか、というとそれはけっしてそんなことはない。

たとえ思考や関心の対象が「自分」だけになっても、そこには頭を使わなくてはならない問題がたくさん広がっている。

そのことは、ひきこもりになったことのない人は、体験していないのでわからないだけである。

 

カルフーン実験でひきこもりになったネズミも、他のネズミの寝静まった夜に独り食事をして、あとの時間はこもっている巣の中で、眠っているわけでもなく、自分という対象について脳を回転させていると考えられる。

べつに、ネズミが哲学的な思索をしているのにちがいない、などと申し上げているわけではない。

しかし、さっき食べた餌の味を反芻しているだけでも、対象に他者をふくまずに脳の活動をつづけることはできる。

たとえ他人(他ネズミ)を視界に入れなくても、脳を作動させるための対象に事欠くことはない。

もっとわかりやすく言えば、他人がいなくても、時間をつぶすことはできるのである。

 

 

関連記事

www.hikipos.info

vosot.hatenablog.com

vosot.hatenablog.com

 

All Right Reserved (C)VOSOT 2013-2020