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外国のうつ・ひきこもり事情(155)韓国のひきこもりと徴兵制度

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Photo by Jennifer Lopez on Pixabay

by ぼそっと池井多

 

広く知られるように、韓国(大韓民国)には、憲法によって徴兵制度に応じることが国民の義務の一つと定められている。

 

韓国国内に住む男性の国民は、18歳から19歳のあいだに徴兵検査を受け、それによって免除の理由が見つからない者は、18ヵ月以上の軍隊への入隊を果たさなければならない。

海軍の場合は23ヵ月、空軍ならば24ヵ月だが、何も希望を出さなければ自動的に陸軍へ18ヵ月となる。

北朝鮮との関係がもっと緊迫していた2018年以前はもっと長く、21ヵ月であった。

 

韓国の男性のひきこもりは、いったいこの徴兵制度をどのような思いで通過しているのだろうか。

そういう疑問は、本ブログのコメンターの方からも出ていたし、私も持っていた。

それについて今回、韓国のひきこもり当事者の方と支援者の方にお話をうかがう機会があり、「韓国のひきこもりと徴兵制度」について一端を知ることができた。

 

ただし、いうまでもないことであるが、日本と同じように、韓国のひきこもりも多様である。

以下に述べるのは、私が直接に聴くことができた、一人の当事者の声にすぎないことはご留意いただきたい。

 

 

 

 

その当事者の方は、推定20代の男性である。

もともと学校や大学へ通っていたころも、ただ家との往復で、与えられたことをこなしているだけの毎日であったという。

不登校までには行かなかった」

というから、日本語でいう「苦登校」の部類だろうか。

 

「軍隊はこわいところだ」

とは思っていたが、行かないわけにはいかないので、行った。

軍隊では言われた通りのことをしていれば毎日は過ぎていったので、なんとかそうして、その期間は耐えていた。

ところが兵役期間が終わると、ひきこもりになったというのである。

 

ここで注釈をつけておくと、厳密には18ヵ月から24ヵ月の入隊の期間を終えても、韓国では8年間は予備役であり、40歳までは「民防衛隊」に所属していることになっている。

だから、彼がここでいう兵役期間とは、入隊している18ヵ月から24ヵ月の期間のことである。

 

さて、なぜ彼は入隊期間が「終わったら」、ひきこもりになったのだろうか。

それについて彼は、

「これをやれ、あれをやれ、と与えられる仕事がなくなると、もうどうしてよいかわからなくなった。

また軍人という身分を失ったら、社会的に何者でもなくなり、自分が何者かわからなくなり、不安になった。

それでひきこもりになっていった」

と自己分析してくれたのであった。

 

学校でも大学でも受け身の生き方をしてきて、与えられたものがアイデンティティであったので、社会の中でやるべきことを自分で自由に作っていかなくてはならない状態になると、何をしてよいかわからずひきこもった、というのである。

 

正直をいって、これは私が予想していた答えとはちがっていた。

私はてっきり、

「韓国の若者はみんな兵役が嫌で嫌でたまらず、『兵役へ行きたくない!』とひきこもる人が大多数なのではないか」

などと想像していたのだ。

やはり、当事者の声というものは、実際に聞いてみないとわからない。

 

韓国のひきこもり専門家からも、

「軍隊ではそれなりに何とかやりこなし、その後にひきこもりになる若者も多い」

という報告がなされているらしい。

 

 

 

 

いっぽう支援者の方からは、このような情報が得られた。

 

相談を受ける男性のひきこもり当事者のうち、40%はふつうに兵役を終えるという。

「ふつうに」というのは、とくに問題も起こさずに兵役を果たすということだ。

 

残りの60%は、いろいろなケースに分かれる。

 

まず徴兵検査で入隊失格と診断され、免除になる場合である。

よほど体調が悪い場合はこうなるであろう。

 

さらに韓国には、軍に入隊したくない者も国民として兵役義務を果たすことができるように、役所などにインターンとして勤務することでその代替とする、公益義務という制度がある。

この公益義務を選択するひきこもりも多い。

 

また、軍隊に入ったものの、態度が悪いということで、隊内で監察の対象である「関心兵」に指定され、そのすえに追放除隊になったり、公益義務へ変換される者もいるらしい。

 

ごく稀に、徹底的に兵役を拒否して裁判にかけられる若者もいるという。

 

一般的な傾向として、儒教の影響が色濃く残っている韓国の親御さんは日本の親御さんよりも保守的であり、親の権力は強い。

そのため、息子が兵役期間より前にひきこもりになったときには、

「こいつは兵役に行けば、上官に性根を叩き直されて、ひきこもりが "治る" だろう」

などと兵役に「望み」をかけている父親も多いという。

 

 

 

 

「兵役が終わると、やることがないからひきこもりになった」

という当事者の言葉が指し示すものはとても大きい。

 

つまり、これは「近代」の問題だ、というわけである。

 

私自身は、けっして

「やることがないからひきこもりになった」

というケースではなく、むしろ逆に

「やるべきことが山ほど押し寄せてくる感じがしてひきこもりになった」

のだが、一方では彼のいう感覚もまったくわからないことはない。

 

近代になり、人間が個人として自由になったことがひきこもりの原因になるメカニズムについては、また機会を改めて考えてみたいと思う。

 

 

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