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治療者と患者(345)福岡・篠栗男児餓死事件に見る「洗脳によるアンビヴァレンツ」と麻布村

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NHKニュース画像より 事件現場となったマンション

by ぼそっと池井多

 

しばらく前のことになるが、福岡県篠栗町で起きた5歳男児餓死事件である。

母親が自分の子どもを餓死させた事件ということで、2月に懲役6年の判決が出た香川2女児車内放置事件のように、はじめ原因は母親のネグレクトか何かであろうと思われた。

しかし事件の究明が進むにつれて、子どもを餓死させた母親の背後に、マインドコントロールをかけて、そうするように持っていった別の女性がいることがわかり、事件の全体像が大きく変わったのだった。

もちろん、食べるものも食べられず、おなかを空かせて死んでいった男の子の悲劇は依然として重いのだが、何といっても前面に押し出されてきたのは、ミクロな権力をふるうママ友の恐ろしさと洗脳である。

 

3月21日の朝日新聞に曰く。

 

 

母親が女への不満を隠れてメモ、内心反発か 

福岡の男児餓死事件

 

  福岡県篠栗(ささぐり)町のマンションで昨年4月、5歳の男児を餓死させたとして母親と知人の女が逮捕された事件で、男児らへの食事制限を強める女に対し、母親が不満の言葉をメモに書き残していたことが捜査関係者への取材でわかった。トイレなどで隠れて書いており、福岡県警は母親が女の指示通りに動くようになっていた一方、内心では反発していたとみている。

 母親は碇(いかり)利恵容疑者(39)、女は赤堀恵美子容疑者(48)。2人は2019年8月ごろから碇容疑者の三男、翔士郎(しょうじろう)ちゃんの食事を制限し、昨年4月18日に餓死させたとして保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された。碇容疑者は容疑を認め、赤堀容疑者は「一切やっていない」と否認している。


 県警によると、赤堀容疑者は「あなたの夫が浮気している」「他の保護者が悪口を言っている」とうそをつき、碇容疑者を不安にさせたり孤立させたりする一方、架空の訴訟やトラブルを解決したように装うことで信頼させ、指示通り動くようマインドコントロールしていったとみている。


 (……中略……)


 捜査関係者などによると、県警は碇容疑者のマンションを家宅捜索した際、碇容疑者が書いた複数のメモを発見。赤堀容疑者に対して「顔も見たくない」といった不満を書いたもののほか、「翔ちゃん、きょうも食べれんかったね。ごめんね」と書かれたメモも見つかったという。(*1)

*1.  朝日新聞デジタル 3/21(日) 19:36配信

https://www.asahi.com/articles/ASP3P65PKP3PTIPE00P.html

太線部は引用者による

 

つまり、自分の子どもを殺してしまった碇容疑者は、けっして赤堀容疑者が好きで好きでたまらなかったわけではないのだ。

それどころか、支配されていることに強い不満を感じており、赤堀容疑者に隠れて憎しみをつづっていた。

一方では、日に日に痩せ衰えていく我が子には「かわいそうに。申し訳ない」という気持ちでいっぱいだった、ということになる。

 

これを聞いて、洗脳とは無縁に暮らしている一般市民の皆さまは、まったくイメージが湧かないかもしれない。 

「じゃあ、なぜそこまでして赤堀容疑者の言うことを聞いたのか。

なぜ嫌いな相手の言うことを聞いて、自分の大事な子どもを殺してしまったのか」

という疑問がふつふつと浮かんでくることだろう。

 

ところが、まさにここに洗脳の実態が語られているように、私は思うのである。

洗脳とは、往々にしてそういうものなのだ。

 

 

 

 

私が上記の記事を読んだとき、真っ先に頭に浮かんだのが、かつて集団療法に通っていた麻布村のことである。

麻布村で医療被害に遭っている患者たちが、なかなか麻布村を逃げ出せない理由もここにある。

 

精神科医、齊藤學(さいとう・さとる)に洗脳されている患者たちは、何も皆が皆、つねに教祖様の足もとに喜んで跪いているわけではない。内心では恨んでいる者も多いのである。

洗脳される者は、洗脳する者を崇拝しているだけではないのだ。

愛憎相半ばするアンビヴァレンツ(感情の両義性)を抱えるものなのである。このアンビヴァレンツがあるからこそ、洗脳が深まっていく。

 

私自身も、齊藤學にすっかりだまされていた時代には、多かれ少なかれこの碇容疑者と似たようなことをやっていたのである。

私の場合、幸いにも子どもはいなかったので、洗脳によって自分の子どもを殺すような惨劇は演じずに済んだ。

患者のなかには、齊藤學からの洗脳によって、やれ治療代だ、やれワークショップだ、やれ講座受講料だ、と家族のお金を全部つぎこんでしまう者がいる。けれど、私の場合は富裕層でもないため、つぎこむ金がもともとなかったことが幸いし、経済的損害も最小限にとどまった。

しかし、それらの代わりに、私にはへたに実務能力があったため、そこに治療者から目をつけられ、過労死寸前まで無償でこきつかわれたのである。

 

たとえば、今でもやっているのかもしれないが、当時は齊藤學の好みで「赤ちゃんの舟」という少子化対策のプロジェクトをやっていた。

子どもを産まない女性たちに出産させるように周囲から圧力をかけるプロジェクトである。

そもそも主旨からして私は大嫌いだったのだが、それをやらない限り、私に麻布村の中の居場所はないかのように洗脳されていたので、羊のようにおとなしく齊藤學の命令に従っていた。

 

クリニックが休みとなる日曜日には、そのプロジェクトの一環で齊藤學が講演をするため、私はそれを映像に撮影して、編集し、YouTubeにアップロードすることになっていた。

齊藤學の講演は、事実に基づかない嘘八百のくだらない与太話ばかりなので、ほんらいであればわざわざ聞きに行く代物ではない。

しかし、それが「仕事」(といって給料は払われないわけだが)となれば仕方なく、毎回、私は重たい撮影機材を引きずって、クリニックが休みの日にクリニックへ通っていたわけである。

うつがひどくて動けない時期などは、出かけていくのが死ぬほど苦しかった。

ときどき馬鹿馬鹿しくなって、私は自問した。

「ちょっと待てよ。

自分は患者だぞ? 

心の病を治すために、この医療機関に通院してるんだぞ?


なんでまた、治療も行われないのに、せっせと通院しているんだ?
なんでまた、クリニックが閉まっている日曜日まで、会社員が日曜出勤をするみたいにクリニックへ『通院』して不本意な『仕事』をしなくてはいけないんだ?


これだけブラックに働かされて、給料など1円も出ないどころか、
作業療法だ。仕事をさせてやっているんだ。ありがたいと思え
などと治療者から言われている。


ふざけるな!
どこまで患者をバカにし、どこまで搾取したら気が済むんだ、あの詐欺師め!」


このようなやり場のない怒りを感じる前日、土曜日などは、自分の抜き差しならない状況を呪い、自分の人生を呪い、やけ酒を呑んで泥酔し、せめてそれで治療者に仕返しをしてやっているつもりになっていた。アルコール依存である。

けれども、しょせん痛めつけていたのは自分の身体だけである。

 

このように程度の差こそあれ、洗脳されて自分を削っていた、という点では、今回の篠栗事件で我が子を死に追いやった碇理恵容疑者と同じであった。

洗脳する赤堀容疑者から、

「子どもがもっと痩せていないと、私が療育費を取れない」

と言われて、どんどん我が子を痩せ細らせていったとき、

「自分はいったい何やってるんだ。馬鹿じゃないのか」

と碇容疑者が思ったことは、一度や二度ではなかったのではないか。

それでも、脱することができなかったのである。

洗脳とは、そういうものだと思う。

 

 

 

 

2017年6月27日のNPO法人JUST(*2)の年次総会(*3)

客席から不適切会計を指摘する私に、齊藤學はそのNPOの理事長という立場からこう言った。

「あんたがここにいると、ここにいるJUSTの他の人たち、みんな出ていきます

 

齊藤學が言わんとしているのは、

「お前はここにいるみんなから嫌われているんだ」

ということであった。

そういう言葉をかけることによって、齊藤學は私を不安にさせ、孤立させたかったのだろう。

 

いいだろう。

私は世界でもっとも近いはずの人間、母親からも愛されず虐待されてきた男だ。

嫌われることには慣れている。

 

ところが、実際にその総会に出席していた、ある他のJUST会員の方が、後日になって私にこう語ってくれたのである。

「私は、斎藤先生のあの言葉を聞いたとき、違和感をおぼえました。

池井多さんがJUSTにいることで困るのは、3人(*4)にすぎないと思ったからです。

あとの大勢の人たちは、むしろ池井多さんはJUSTに必要な人で、出ていってほしくないと思っていたと思います」

 

彼女の証言は的を射ている。

齊藤學の誇張と歪曲の癖から、「3人」がその場にいた「50人」近くの患者「みんな」に、いつの間にか拡大されていただけだったのである。

 

*2. NPO法人JUST精神科医齊藤學が、自分の患者たちを使って運営しているNPO法人。社会的には、患者たちが自分たちで率先して始め、喜んで運営しているかのように演出されている。

*3. 2017年のJUST総会に関しては、以下の記事を参照のこと。

「ザスト通信を読む(114)飛び交う怒号・排除の論理

https://vosot.hatenablog.com/entry/2017/07/01/070000

「ザスト通信を読む(116)エビデンスの一つおぼえ」

https://vosot.hatenablog.com/entry/2017/07/05/070000

 

*4. 3人:森春日局、押上団九郎、イヌサキの3人の三人を指すものと思われる。私を麻布村から排除するために自ら前線に立った流全次郎は、総会はアフターの飲み会しか出てこなかったので、この年の総会の場にはいなかった。

 

 

それでは、なぜ齊藤學はそのような嘘をついてまでも、私を不安にし、孤立を感じさせたかったのか。

そこがまさに今回の篠栗事件と重なる点なのである。

 

上記の記事によれば、洗脳者である赤堀容疑者は、母親である碇容疑者に、

「あなたの夫が浮気している」
「他の保護者が悪口を言っている」

などと虚偽をかたり、絶望を感じさせた。

なぜならば、それによって碇容疑者が孤独を感じ、この世界に寄るべない心細さをおぼえれば、それだけ赤堀容疑者にすがりついてくると踏んだからである。

すがりついてくればくるほど、洗脳はやりやすくなる。

 

じじつ、碇容疑者の場合はそうなった。

そして翔士郎くんは餓死したのである。

 

齊藤學が、私が嫌われているということを私にいったのは、あのときだけではない。

昔から本ブログの読者でいらっしゃる方はご存じの通り、6年前の12.7会談(*5)のときも、さかんに秘書の山中さんが私を嫌っているということを、齊藤學は私に吹き込んだ。

 

*5. 12.7会談:2015年12月7日に精神科医齊藤學が秘書の山中さんを通じて、私をメールで呼び出し、夕方から夜にかけて3時間ほど二人だけで会談した事件。このとき齊藤學は、私が山中さんから手紙を盗んだという根も葉もない冤罪をでっちあげ、私を告訴すると脅迫した。この脅迫によって、それまで16年続いていた信頼関係が壊れた。

参考:「治療者と患者(29)『告訴する』」

https://vosot.hatenablog.com/entry/2015/12/09/000000

 

あれから時間が経って、いま私は、あのとき齊藤學が「山中さんが私を嫌っている」といったのは、齊藤學がいつものように捏造した作り話にすぎなかったのだろう、と考えている。

私の知るかぎり、山中さんはそんなにプロフェッショナリズムの足らない女性ではなかった。

そのように解釈することが、私が「自分はじつは山中さんに嫌われていなかった」と信じたいという願望の裏返しだと勘違いする輩が麻布村にいるかもしれないから、いちおう本当に山中さんが私を嫌っていたと仮定してもいい。

たとえ本当に嫌っていたとしても、秘書がそのようなことを言っているということを、わざわざクライエントに告げ口する雇い主が、いったいこの世界の他のどこにいるだろうか。

 

すなわち、12.7会談における「山中さんが嫌っている」発言も、2017年JUST総会における「みんなJUSTを出ていきます」発言と同じように、精神科医齊藤學が私を精神的に孤立させようとして言った、口からの出まかせだったということである。

 

なぜ、そこまで齊藤學は私を不安にさせたかったのか。

言うまでもなく、他の患者に比べ、私のかかっている洗脳が足りないと見たからである。

もっと手前に引き寄せて、深く洗脳するために、不安を煽ったのである。

 

そして、そういうことをPIAS(逆説的アプローチ)などと呼んで、「治療技法」だなどと吹聴している。

 

 

 

 

今も私のもとには、いまだ麻布村から逃げ出すことのできない患者の方たちから、悲痛な声がたくさん送られてくる。じっさいに話をしにくる方もいる。

 

「斎藤先生にこんなひどいことを言われた」

「斎藤先生からこんなひどい仕打ちをされた」

そう言って皆、涙目に語る。

 

しかし、そこで、

「そう。それはひどいね。じゃあ、もう麻布村は離れたら」

といっても、彼らは離れられない。

深く洗脳されているのである。

 

あるいは、そのときは

「うん、そうする。もう麻布は離れて自分の人生を探す」

などとおっしゃったとしても、しばらく経って再会してみると、案の定、麻布村に舞い戻っている。

そして、相変わらず齊藤學のミーティングに出ていて、しばらくすると

「今度は斎藤先生にこんなひどいことを言われた」

「今度は斎藤先生からこんなひどい仕打ちをされた」

と涙ながらに語るのである。

 

そんなことをやっているうちに、彼らはどんどん金をつぎこみ、人生の時間を浪費していく。

ちょうど碇容疑者にとって翔士郎くんがどんどん痩せ細っていくように、自分の人生を痛めつけているわけである。

患者本人たちも、そういう自覚はあるようである。

それでも逃れられない。

 

逮捕されたとき、碇容疑者は心のどこかで安堵も感じたのではないだろうか、と私は想像する。

「ああ、これであの女の洗脳から抜け出せる。

あの女を憎むのも、殺してしまったあの子を悼むのも、もうこれからは、こそこそトイレに隠れておこなわなくていい。

たとえ刑務所の独房の中であっても、これからは私は私として、自分の人生を生きることができるのだ」

と。

麻布の患者たちは、そうは行かない。

 

 

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