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音楽に掘り起こされる私(5)中島みゆき「狼になりたい」

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photo by きなっぺ

by ぼそっと池井多

 

私が中島みゆきの洗礼を受けたのは、歴史に残る古典となった「時代」でも、ミリオンセラーとなった「わかれうた」によってでもない。

「狼になりたい」という曲であった。

1979年に発売された「親愛なる者へ」というアルバムに入っているらしいが、レコードを買う習慣さえなかった私にとっては、そんなことはどうでもよい。

私が出会ったのはラジオである。

夜10時ごろからFMでやっていた、たしか甲斐よしひろがDJをやっていた音楽番組から偶然に流れてきた。

月並みな表現だが、頭をガーンと殴られるような衝撃を受けた。

 

しかし、いったい何が衝撃なのか、言葉にすることはできなかった。

だから、高校時代の友人にも、私が中島みゆきの「狼になりたい」という曲に惹きこまれていることは、たぶん語ったことがない。

 

こういう曲である。

 


www.youtube.com

 

歌われている舞台は、おそらく午前4時ごろと思われる牛丼の店、吉野家だ。

吉野家は1952(昭和27)年から24時間営業だったのである。

 

ここで中島みゆきも、宣伝料をもらっているわけでもないだろうに、「吉野家」という固有名詞をそのまま歌詞に入れてしまうところが、なんとも大人に感じられた。

のちにライバル企業となる「松屋」や「なか卯」は、当時はまだ揺籃期であり、店舗展開していなかったので、そういうことが可能だったともいえる。

しかしこの曲は、吉野家のためには少しも宣伝にならなかった。

皮肉なことに、この曲が出た直後、吉野家は牛肉の高騰などにより巨額の負債を抱え、いったん倒産することになったのである。

 

そんな世知辛い話はどうでもよい。

歌われている吉野家は、歓楽街にある支店である。

ディスコ帰りか何からしい、若者が入ってきた。

現代日本語でいうと「クラブでオールした」若者がシメでも喰いに来たのだろう。

 

すると、目の前に他の客として、中高年の男が注文を待っている。

そこで若者はいうのである。

 

 向かいの席のオヤジ、見苦しいね。

 独りぼっちで、見苦しいね。

 

私が受けた衝撃は、ここから来ているのであった。

 

まず、そこには素地として、アルバイトもしたことがなく、まったく社会を知らない高校2年生だった私が、なにやら社会の底辺の現実を見せつけられたような、胸のざわつきがあった。

いうなれば、小林多喜二蟹工船』を読むような心持ちで、その歌詞を受け取ったのである。

夜明け前に独り牛丼を喰っている五十がらみの男は、富裕層ではないだろう。底辺の労働者にちがいなかった。

 

それにもまして私が衝撃を受けたのは、そういう五十がらみの男を指して、当時の自分とそんなに年も違わない若者が「見苦しい」と言っている、という事実であった。

しかも「独りぼっち」であることが見苦しいのだという。

 

私にはそういう価値観はなかった。

それだけに、

「へえ、世の中というものは、そう見るものか」

という情報を、私はかぎとった。

 

それと同時に、私は心の底で、独りぼっちで牛丼を掻っ込んでいる五十がらみの男に、あこがれのようなものを抱いたのであった。

しかし、その感情がまさか「あこがれ」であるとは、その時の私にもわからなかった。

 

それから40年余りの歳月が流れて、まさに私自身が、この歌で「見苦しい」と若者たちに嘲けられている「向かいの席の独りぼっちのおやじ」になっているのを見いだして、ある意味で目指すべき到達点にたどりついているような落ち着きをおぼえるのである。

私はめったに外食をすることがないが、たまには近くの駅前にある牛丼屋で夕食を済ませることもある。

そこには吉野家はないので、松屋になる。

また40代のころは、東京・港区麻布十番にあるさいとうクリニックという精神医療機関へ通い、人生をどぶに捨てていたので、そこで埋め込まれた鬱憤を晴らすために、帰りには隣にある六本木で朝までよく飲み明かしていた。

すると、この歌にある通り、夜明けまぎわの吉野家で牛丼を喰うことになるのである。

 

そんなとき、向かいの席に若者が座ると、私は知らず知らずのうちに睨み返していた。

「私のことを『見苦しい』と思うか。

 この齢で、独りぼっちで『見苦しい』と思うか。

 思うなら、存分に思え!」

という目で見返していたのである。

 

なんのことはない、若者に喧嘩を売っているのである。

幸いなことに、そこで喧嘩を買ってくるような愚かな若者は一人もいなかった。

思えば、あんな愚行も、この歌が私の無意識深くしみこんでいる賜物であった。

 

 

 

 

けっきょくこの歌の中で、夜明けまぎわの吉野家でくだを撒いている若者は、自分が社会にしいたげられているものだから、自分よりさらに弱くみじめな立場にある中高年の下級労働者をあざ笑っているのにすぎない。

「自分はけっしてあのようにならないぞ」

と思っているから、あざ笑うのである。

 

「あのようにならない」ということは、すなわち、そこそこの職業と収入をもって、まがりなりにも結婚して家庭をもって、子どもたちを育てて、プチ・ブルジョワとしての市民生活を自分は送ることになる、と考えているということである。

 

ところが私は、そんな市民生活に幸福を夢見ていなかった。

そんな生活を送っている中高年の男が、私の身近にもいた。

いちおう仕事を持ち、家庭を持ち、彼の子どもは学校では優秀だった。

しかし、彼は少しも幸福ではなかった。

父である。

 

そのようなプチ・ブルジョワの市民生活は、外面的に幸福を演じている表面にすぎず、ほんとうの幸福ではないことを私はよく知っていた。

だからこそ高校生の私は、この歌にうたわれているような、家庭もなく、財産もなく、夜明けまぎわの吉野家で独りぼっちで牛丼を掻きこむような中高年の男に、さまざまな市民生活の拘束から解き放たれた自由な人生を透かし見て、あこがれを抱いたのである。

 

 

 

 

ここに歌われている若者たちは、ひきこもりにならないだろう。

社会に対して反感をつのらせていた若者たちは、歌詞が進むにつれて、がぜん社会の現実を受け容れ、働いて、市民社会の一員になっていくのである。

 

 あんたも 朝から 忙しいんだろ。

 がんばって 稼ぎなよ。

 

 昼間、おれたち会ったら

 おたがい『いらっしゃいませ』なんてな。

 

 人形みたいでも、いいよな。 

 

よくもそんなにすんなりと納得できるものだ。

そこで蓄積していく苦悩を、若者たちはどのように解決しているのだろうか。

 

 おれのナナハンで行けるのは

 海でも山でも どこでも

 

 あんた 乗せてやろうか。

 どこまでも どこまでも どこまでも

 

 

バイクに乗って野山をかけめぐることで、解決を果たしているのである。

ああ、何と健康的であることか。

 

これは、若者たちの解決能力が優れているからではないと思う。

背負っている問題の構造が、まだ単純だからではないのだろうか。

 

ひきこもりだって、狼になりたい。

しかし、狼は吠えるときに、身体をとことん外へ向かって伸ばす。

夜空の月は、外の象徴である。

「内に向かって伸ばす」という咆哮が不可能性をはらんでいるために、

ひきこもりはなかなか狼になりえないのではないか。

 

ともかく、この歌を聞いた時分から、高校2年生の私は「向かいの席のおやじ」であり、嘲け笑ってくる同世代の若者たちと対峙していたのだった。

逆にいえば、この歌は潜在していたそのような対峙を、社会の底辺からあぶりだすような不穏さがあったために、私にとって忘れられない一曲となったのである。

 

 

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