VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

やっぱり今日もひきこもる私(373)「精神疾患ではないが働く気になれない ~ 中年ひきこもりの焦りと絶望」への反響

f:id:Vosot:20210502093822j:plain

Photo by PhotoAC

 

by ぼそっと池井多

 

先日、本ブログ「やっぱり今日もひきこもる私(372)」でご紹介した、昼行灯さんが書かれたひきポスの記事は、国内外から予想以上の反響をいただいている。

vosot.hatenablog.com

昼行灯さんのひきポスの記事

www.hikipos.info

 

反響が大きかった理由として、やはり中高年のひきこもり当事者が自らのことを語る手記というのは、まだまだ稀少だからというのが第一に挙げられる。

海外の専門家にいたっては、

「日本は中高年のひきこもりということで大騒ぎしているけど、中高年のひきこもり当事者なんてほんとうにいるのか」

と疑っているような人もいるのである。

そこへ、このような強力な証言が出てきたものだから、やはりたちまちシェアされ、読まれているのではないか。

 

第二に、書くスタンスである。

一般に人は、…とくに男性は、自分が自慢したいことならば書きやすい。

自慢したいわけではないこととなると、こんどは一気に反対側に振れて、憐愍や同情を乞うような、卑屈な文章になりやすい。

そのどちらでもなく、社会的には評価されていないことでも、けっして卑屈になることなく客観的に書いていくというのは、なかなか難しい作業なのである。

昼行灯さんの文章は、それを成し遂げている。偉業である。

それが評価されている第二の理由ではないか。

 

  

まずは海外の反響からご紹介しよう。

アメリカからと思われるM.PさんはSNSで以下のようなことをおっしゃっている。

 

私もちょうど40歳になります。

28歳からひきこもり始めました。

買い物へ行くこともできず、日々の日用品は配達してもらっています。

私も昼行灯さんと同じように、まだ人生に絶望するわけにはいきません。

でも、私たちのような人間を理解せず、軽蔑か憐れみをもってしか眺めない人々ばかりが世の中にいると、絶望したくもなります。

 

 

本ブログで以前、登場したイタリアの映像作家マルティナ(*1)は、イタリア人向けのコミュニティに以下のようにこの記事をシェアした。

みなさん。日本の中高年のひきこもりの方から貴重な証言ですよ。

イタリアでは、ひきこもりは若い人たちだけということになっていますが、齢を重ねてもこのように苦しんでいる人はいるのではないですか。

 

*1. マルティナの登場回

vosot.hatenablog.com

 

すると、イタリアではさかんにシェアされている。

シェアというのは、SNSで各自が自分の書庫へ入れることをいう。

物がよく売れることを日本語で「飛ぶように売れる」というが、まさに「飛ぶように」シェアされているのである。

それだけ関心が高いということだろう。

黙ってシェアしていく人の中には、じつは自分自身もイタリアで中高年のひきこもりだけれど、勇気がなくてそれを表明できないという人も、きっと多くいるのにちがいない。

 

 

 

 

次に国内から、本ブログのコメント欄からご紹介する。

いつものように、読みやすく編集させていただいた。

 

ゴギョウ 

昼行灯さんの体験談がひきポスに掲載されたのですね。おめでとうございます。 

非常に良い記事だと思います。

私が通過してきた問題も、形は違えど含まれており、考えさせられました。

 

親の振る舞いや名声が元で、自分の問題の深刻さを理解してもらえない。

苦境を訴えようにも表現できる言葉が出てこない。

そういう状況は、私の場合、自分の未熟さの他、親の振る舞いが理由でした。

 

私の親は名声は無く、人付き合いは少ないのですが、とにかく外ではおとなしい。その為、友人から悩みを吐かれるような存在だったようです。 評判としては”優しい”といった所でしょうか。

その上、否定的な事を言う際には、

「これはあなたの為。将来、欠点に気付けないとかわいそうだから。」

と言う建前を使っていました。

 

更に、自分は社会で求められる技能に余り適性を発揮しなかったので、親の異常さには気付けず、欠点を頻繁に指摘され、感情をぶつけられるのは仕方のない事だと思い込んでいました。

けれども、小学生の頃から親との関わりづらさは感じていて通っていた塾の教師に、

「親は自分に何も期待しない。」

と言ったような事を話したところ理解されず

「親の鏡だ。」

と言われ、違和感を感じました。

教師に伝えた言葉の表現が悪かったと思いますが、当時、私が伝えたかったのは、

「親って、上手く社会に適応できなくて困っている子供を、外野と一緒になって馬鹿にするものなのですか? 先生はどう思いますか?」

という事でした。

 

その後も"大人しい"、"優しい"という評判があったこともあって、「心配している」とか、「あなたに幸せになって欲しいと思っている」など、周囲から評され、自分の感情を理解はしてもらえませんでした。

その結果、一体何がおかしいのか、自分の何が欠けているのかなどを考えてきましたが、引きこもって親の対応を見たり、考え、発信したりし始めたことでようやく実像が分かってきました。 

 

今なら、親の状態は、その家庭内での振る舞いなどから、自分自身に対する自信の無さからくる"依存"の一過程である、とはっきりと断ずることが出来ます。また、

「子供のコンプレックスを外野と一緒になって、それ以上に頻繁に叩き、無力感を増幅させ、自信を無くさせてしまうのは、どんな建前や信念があったとしても、仮に結果としてどうであれ虐待に他ならない。」

ともはっきり言えます。

 

欠点を指摘して矯正を促すというのは、人を育てる方法として下手どころか有害な方法ですが、仮にそれをやるのだとしたら、目指すべき完成図を相手も同意の上、明確に共有していなければなりません。

相手がある部分に対してどのような認識をしているかを確認したうえで、認知を拡げたり絞ったりする為に行なうことだと思います。 完成図と問題の仕組みの認識が共有されていない人に対してやっていいことでないのです。

彼らが、その様な事をやり続けた結果、私は、自分に欠けている所には敏感で、自己否定の材料なら頻繁に目につくけど、自信を持っていい所や自立の根拠となる長所は例外として排除してしまう、といった精神的な習慣を身につけてしまいました。

それが社会での経験などと相まって、ひきこもりとその深刻化の一因になってしまったのだ、と今なら分かります。 

 

また、この様に精神障害と診断されなくても、人生を生きる上で苦痛の種になって、破滅的な状態の元になるようなことに対処したりする体勢が精神医療や支援にはない、という問題、さらにメディアの着眼点と報道に対する違和感においても、昼行灯さんの記事に共感いたします。 

あと、外見での差別については、極端な事例で差別されている事例の他、私は少し違った事例を見ております。

容姿の格付けがあるのは厳然たる事実ですが、私の周りにはブサメンに該当するのに、差別など全くされず、恋人がいる人間が居ましたし、どちらかというとイケメンに類しているのに、逆に差別されている人間も居ました。

後者の場合、「容姿だけは」とか「勿体ない」などと言われ、容姿だけを褒めて、他をけなす事で「宝の持ち腐れ」とかそのような表現で攻撃されていたように思います。同級生だけでなく、親からもそう言われているようでした。 

嫉妬かと言うとそういう訳でもなく、外見差別と言うのは極端な場合でない限り、どうも外見以外の要素も関わっている気がします。

 

一体、何なのだろうなと今、思い出して考えております。 

とはいえ、一番酷いきついだろうと思うのは、上位カーストの人間が気に入らない誰かを攻撃するために、極端な事例で外見差別を受けている人間を利用する、という事です。

気持ち悪すぎて自ら触れる事すら出来ない、と言う形での差別を行った上で、クラスの不可触民状態にして、その人間を何らかの方法で気に喰わない人間の近くに送り込み、ネガティブなイメージを付ける、という攻撃を行うのです。

そんな事を繰り返しているうち、それまで、普通に接していた人間や正直差別を毛嫌いしていた人間も差別するようになって孤立していく、という現象を私は目の当たりにしてきました。

容姿というのは授かりものの最たるものですし、海外では元の容姿が良くても突然アシッドアタックなどを受け被差別者になってしまう事例があります。本当にどうしたものかと思います。 

 

o-bayashi

母方の祖父が高校の英語教師でしたが、アル中とタバコ中毒者で飲むとよく暴れていました。

祖父は、学校での評判は良く、もてはやされていたようで、確かに「外で名声を持つ親が家のなかで暴力的である」という構造が成り立っていたと思います。

私の母親はその家の長女ですが、かなり自閉的です。旅をするタイプの放浪はありませんでしたが、興味のあることに取り組んでいたため、大学に入ったのは26歳くらいだったようです。

母は私が幼い頃、教育虐待まがいのこともしてきました。10歳になる頃から私の反抗が始まると、母は鬱状態なのか、昼でも寝ていることが増えました。

身体的な病気と言っていましたが、どうしても私やまわりから逃げて閉じこもっているように感じてしまいました。 

母はたまに私に対して、「子供がいるから離婚しない」というようなことを口にしました。私を妊娠して大学をやめたから、好きなことを仕事に生きていけなくなってしまった、とも。

今なら、「その状態を選んだのはあなたでしょ」と言い返しますが…。 

 

ただ私の家庭内で、より問題があったのは父親です。

父は地域では珍しい研究職のようなものをしていて、私はまわりの世界で父が一目置かれている存在であることを感じてきました。

しかし家の中ではよく怒鳴って物にあたり、なんと表現すればよいのかわかりませんが文学的なところが全くない(内省的でない?)ために、子供である私達のほうが空気を読んで感情を殺すことがよくありました。

一度だけ近所の同級生が、

「(お父さん、)昨日叫んでいたでしょ」

と触れてきてくれたことはありますが、まわりの大人たちは黙認していました。

毎日あれだけの怒声と物にあたる音がしていたら、もし都会ならば、騒音で訴えてくれる人がいたのではないかな、と思います。

今もまだ恐怖心やフラッシュバックのようなものは起こりますが、私が放浪をしまくっているために、父がただ一人の不完全な人間であることがよく見えて、感情に巻き込まれずらくなりました。 

父方の祖父は教師ではありませんでしたが、かなり子供や社会に対して権力を持っていたように思います。

ぼそっとさんが大学にいたときに彼女を母親に紹介したエピソードがありましたが、私は父の学生の頃の日記の中に同じようなものを発見し、父のマザコンファザコンの度合いの生々しさをグロテスクに感じたのを覚えています。 

父も母もきっと診断をすれば発達障害と名前がつきそうです。

お互い結婚せず、それぞれの道を突き進んだ方が幸せだったんじゃないか、とよく思います。それなら私も生まれずに済みましたし。

芯の強さがないからこそ、ひとりでやっていけず、依存場所・相手につるむための場所に成り下がった家庭がうまれたのだろうなと思います。

すべての家庭がそうであるとは言いませんが、身の回りにいた私の尊敬する人たちはことごとく独身であったので、私は一生ひとりで生きていきたい、結婚という契約は結ぶ必要がない、と思います。

 

関連記事

vosot.hatenablog.com

www.hikipos.info

www.hikipos.info

All Right Reserved (C)VOSOT 2013-2020