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やっぱり今日もひきこもる私(385)第11回「ひきこもり親子 公開対論」名古屋編を終えて

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会場セッティング。左手が対論する壇上、右手にスクリーンという異色な空間構成は、リアルとオンラインの会場が分離しないように工夫されたもの。

 

by ぼそっと池井多

 

昨日、名古屋駅前の安保ホールで「ひきこもり親子 公開対論」が開かれるお昼どきの東海地方は、梅雨時とも思えない、まるで台風を思わせるどしゃぶりの雨であった。

アスファルトの平板な歩道には河のような流れができ、ふつうの靴で歩いていると水が靴下に浸透してきてしまう。

 

よくイベントの開催時に、主催者が、

「本日は足元がお悪い中をご参集いただき、まことにありがとうございます」

などというが、歩道の色が軽く変わる程度の小雨のときは、それはただの社交辞令として響き、毒づきたくなる。

「いったいどこが足元がお悪いんだよ」

と。

 

しかし、昨日は文字通り足元がお悪いことこのうえない状態での開催となったため、このような豪雨のなか誰も来ないのではないかと危ぶんでいたが、ありがたいことに予想を超える人数の方々にお集まりいただき、リアルとオンラインあわせて40名余りの参加者とともに第11回「ひきこもり親子 公開対論」を開催することができた。

 

 

 

 

リアル会場とオンライン会場をつなげるハイブリッド開催というと、私のいままでの経験では、リアル会場とオンライン会場が分離してしまうことが多かった。

すなわち、オンラインで参加した人は、リアル会場で何が進行中なのかわからない。逆に、リアル会場の参加者をそっちのけにして、オンラインだけで盛り上がってしまう場合もあった。

こういう分離を防ぎ、両方が一体となって開催するにはどうしたらいいかということで、今回の開催を取り仕切ってくださった名古屋のスタッフの方々は知恵を絞ってくれたのである。

その結果、4台のパソコンと3台のビデオカメラを接続することによって、スライドが映されるスクリーンも、登壇者の様子も、会場の様子も、オンライン参加者たちの様子も、すべてリアルとオンライン、みんなで共有して進行させることができた。

オンライン参加者の方の音声も、リアル会場全体にしっかり聞こえていた。

すばらしい運営であった。

 

はじめに子の立場から、学校へ行きたくない論理と、親世代との社会観のギャップが語られたあとに第2部となり、親の立場からのご登壇となった。

この「ひきこもり親子 公開対論」は、たいてい「斜め対論」といって、自分の親・子ではない、別の家庭の親御さん子どもさんと対論することが多いが、今回は親の立場からご登壇くださったお母さんは、当事者である自分の息子さんを連れてきてくれた。

息子さんの快諾により、母子ともに登壇してそれぞれの立場の気持ちを語ってくれることになったのである。まさにこれこそ「公開対論」というコンセプトの面目躍如といったところである。

 

息子さんがひきこもった高校2年生のころ、お母さんの自分の父親(息子さんからすると祖父)から、

「お前の育て方が悪いから、あの子がひきこもった」

というような責めをさんざん受け、家に帰れば帰ったで、このお母さんは攻撃的になっている息子から責められ、夫は家の中のことにあまり関わらず、孤立無援の状態となって、

「もう仕事先から家に帰りたくない」

という気持ちに毎日襲われていたという。

 

そのころ、息子さんはそういうお母さんを、あるいは家庭の中をどう見ていたのか、聞いてみた。すると、

「自分のことで精いっぱいで、とてもではないけれど、周りのことまで考える余裕がなかった」

とのことであった。そうだと思う。私はどちらかというと、子どもの立場の視野が想像しやすい。

 

この「ひきこもり親子 公開対論」では、過去2回にわたって

「ひきこもりと強迫性障害

をテーマに取り上げている。

それは、日本社会では「ひきこもりと発達障害」はさかんに関連が指摘されるけれども、それと同じくらいの割合がいても不思議ではない「ひきこもりと強迫性障害」については、ほとんど取り上げられないからである。

取り上げられないから、強迫に悩む当事者はその話題をあまり出すことがないという悪循環におちいっているきらいもある。

 

昨日に登壇してくれた息子さんも強迫に苦しんでいることが、ひきこもりの重要な原因となっていた。しかも、その強迫はいじめられ体験に由来している可能性がある。

そしてまた、彼は二人兄弟の上、長男である。

私自身との共通項がひじょうに多く、彼の話にはおおいに共鳴させていただいた。

 

ずっとひきこもっていた人だというから、いきなり壇上に出てきて、ちゃんと話してくれるだろうか、といった危惧も少しだけ持っていたが、そんな心配はまったく無用であった。

本人は「緊張しまくり」とのことであったが、声もしっかりとして、話もわかりやすく、リアル・オンラインを問わず多くの参加者の共感と理解を得ていた。

 

ひきこもりには、いざとなれば多人数を前にしても、ちゃんと自分の考えを発言できる人が一定の割合いる。

ただ、いつもはそういう機会がないだけなのである。

もちろん、不特定多数を前に話すという経験は、日常生活のなかにあまりないから、緊張はするだろうけれど、それは周囲のサポートで何とかなる。

 

これが、たとえば心にもない社交辞令や、自分と関係のないビジネス・トークといった内容になれば、話はまた別かもしれない。大人数を前に語れない。

しかし、ほんとうに自分が考えていることであれば、たとえ不特定多数を前にしようとも、緊張をやらわげ、言葉を吸収する用意のある空間が用意されれば、ちゃんと言葉にして話してくれるのである。

そういう見地からも、私はこれからも「ひきこもり親子 公開対論」をあちこちで開き、当事者のホンネと親御さんのホンネを掛け合わせる場をつくりたい。

 

今日、ご登壇いただいたお母さんも、

「壇上で、はじめて聞けた息子のホンネの部分もあり、よかったです」

とおっしゃっていた。

それが私が望む公話(ポリローグ)の力なのかもしれない。

 

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