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やっぱり今日もひきこもる私(436)東京のひきこもり、北海道へ向かう<20>帯広で考える「都市型」「村落型」ひきこもりの存在の仕方

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根室本線 根室~帯広の間は牧場が多い

・・・「東京のひきこもり、北海道へ向かう<19>」からのつづき

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by ぼそっと池井多

 

空が広い街、帯広

根室を後にした私は一路西へ、釧路を経て、十勝平野の中心、帯広へ向かった。

あまり知られていないが、日本の平野のなかで、十勝平野関東平野についで2番目の広さを持っている。

東京都と神奈川県と埼玉県を足したぐらいの面積があるのだ。

 

北海道というと「北の大地」などと言われるが、この「大地」という広大で平坦なイメージは、おもにこの十勝平野から来ているのではないだろうか。

ここでは牛、豚、馬、羊、鶏など、ありとあらゆる畜産が行われている。

競走馬のふるさと、牛乳やバターの一大産地、食肉の都。

 

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帯広市内を走る馬バス。観光客用、客車は二階建て、上階は屋根がない。

帯広は、日照時間が長い都市でもある。

過去90日で見てみると、東京の日照時間が382時間であるのに比べ、帯広は445時間。

30年ほど前に、たしかAERAだったと思うが、帯広が日本一、日照時間が長い都市として紹介されていた。

今はどういうわけか、そうではないようだけれど。

 

私の持病のうつは、日照時間や湿度と深く関係する。

帯広のように湿度が低く日照時間が長い都市、つまり「からっと晴れている」日が多い街は、うつになりにくい。

街のスケールが大きいので、車がないと市内も容易に移動ができないが、道が広くて直線なので、ペーパードライバーでも運転できそうだ。

 

広大な平野と長い日照時間が掛け合わされると、「空が広い」と感じることになる。

帯広は、空が広い街だ。

霧の町、根室からやってきた私には、よけいそう感じられた。

また、網走や根室ではビルらしいビルを見ることはなかったが、帯広は高層ビルが建っており、デパートがあり、歓楽街も健在であり、久しぶりに都市に帰ってきた思いがした。

一瞬、私のなかで帯広は住んでみたい街になった。

しかし、冬を経験しないで語るのは早計である。

 

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帯広駅

私が帯広でお会いした帯広Cさんは、いままで会ってきた網走Aさんや根室Bさんとちがって、支援者の方である。

非常に頭脳明晰な方で、禅僧でいらっしゃって、お寺の講堂をつかって2017年から不登校ひきこもりのための集いを開いておられる。

毎回10名から20名の当事者や親御さんが参加しているという。

たまに女子会も開かれている。

 

これは帯広市の規模としたら、かなりすごいことである。

帯広市の人口は16.5万人で、北海道内では釧路や苫小牧の後塵を拝し、7位にすぎない。

釧路ではこういう活動があるとは聞かない。

 

 

 

 

もともと私は、Cさんの主宰されているこの不登校ひきこもりのための集いに、一人の当事者として参加したくて、私の方から連絡を取らせていただいたのであった。

コロナ禍の時期であり、地方の方々からすると、感染者の多い東京から人がやってくるのは嫌うのではないか、と危惧した。

そこで、

「ワクチンは2回接種を済ませ、感染防止に最大限の注意を払ってうかがうつもりですが、参加してよろしいでしょうか」

とお伺いを立てたところ、

「どうぞいらしてください」

と温かい言葉をいただいた。

こうして私は、十勝平野に住む多くのひきこもり当事者・親御さんたちとお話ができることを楽しみに、集いの前日、帯広の駅に降り立ったのであった。

 

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飲み屋横丁 コロナで閉まっている

 

北海道にも緊急事態宣言が出されて

ところが、帯広駅に降りて、地図を開こうとスマホを見ると、Cさんからメールが来ていた。

ついに北海道にも緊急事態宣言が発出され、明日の不登校ひきこもりの集いは中止になりました、とある。

あらら。

 

しかし思えば、それはじゅうぶん予想できたことでもあった。

だいたい札幌における「ひきこもり親子公開対論」も、北海道に緊急事態宣言が出る直前だったから、かろうじて中止にならなかっただけで、開催できたのがラッキーだったくらいなのだ。

帯広の集いに参加できなくなったことは残念だが、依然として帯広Cさんにはお会いしてお話をうかがいたかったので、私はかねてからの予定通り、集いが開催されるはずだった翌日の午後にCさんのお寺を訪ねたのであった。

 

約1時間半にわたって、密度の濃いお話をうかがった。

私も東京における活動の近況をお話しした。

話題は多岐にわたったが、なかでも印象深かったのは、ちょうど私が根室でBさんから聞いてきた話が、版を変えて帯広Cさんの口からも語られたことである。

根室Bさんと帯広Cさんの間には、まったくつながりはない。

 

帯広Cさんは、帯広のお寺に来る前は、十勝支庁のもっと田舎にある小さな町の寺にお住まいであった。

お坊さんなので、檀家の家々をひごろから回る。

お経をあげるために家にあがるので、その家族のなかのことは、他の職種の人々よりも深くまで見ることができる。

すると、ひきこもりは当たり前のようにいたという。

ただし、「ひきこもり」とは呼ばれていなかっただけであった。

都市部で「ひきこもり」と呼ばれる生活形態が、とくに問題意識も伴わず、その人の在りようとして承認され、村落共同体のなかに溶けこんでいたというのである。

また、東京でいう「女性ひきこもり当事者」も「家事手伝い」という立場で村落共同体のなかにおさまっていたという。

ところが、ひとたび「ひきこもり」という問題意識を通して見られると、その状態にある人は「問題の人」になってしまう。

家事手伝いという立場も「女性ひきこもり当事者」として見られるようになった。

これによって、本人たちはそれまで溶けこんでいた村落共同体のなかの居心地が悪くなる。

地方ではそういうことがあるということは、つい先日、根室Bさんから聞いた話(*2)からも納得できた。

 

*2. 根室Bさんの話

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もちろん、「ひきこもり」を問題とされたことがよかった人々もいる。

たとえば私自身がそうだ。

自分の生活状態に「ひきこもり」という名前を与えられることによって、その苦しみを社会へ表現できるきっかけを掴んだ、私のような当事者たちにとっては、「ひきこもり」を問題とされたことは良かったのである。

女性の当事者にしても、「家事手伝い」という名目で実態が埋もれていたものが、「ひきこもり」とされたおかげで社会の表に出てこられたという人もいるだろう。

かりに、このタイプの当事者たちの存在形態を「都市型」とでも呼んでおこう。(*3)

 

ところが、誰しもが自分の苦しみを言語化できるわけではない。

とくに、いわゆる「サバルタン的当事者」や、「渦中の当事者」は、言語化できないことの方が圧倒的に多い。

すると、そういう時代の変化の影で、「ひきこもり」が問題として普及されることによって、それまで溶けこんでいた地域の共同体のなかで居づらくなってしまう人々、いわば「村落型」の当事者がいるということも、私たちはもっと考えなくてはいけないのではないだろうか。

「ひきこもり」という問題の概念の導入を、正義の味方みたいなスタンスで流布しているメディアはもちろんのこと、それがもたらす弊害について、都市部で活動する私たちももっと頓着しなければいけないのではないか。

 

*3. ここでいう「都市型」「村落型」はあくまでもモデルであって、実際は二元論で片づけられるものではないだろう。グラデーションのように中間が無限に存在するかもしれない。

 

 

中央と地方、都市と村落

帯広というと、東京に住む私などはつい「地方」と考えてしまう。

北海道へ来たことのない東京人のなかには、札幌でさえ「地方」として考えている人がいるかもしれない。

そういうとき、「地方」のニュアンスは「田舎」「村落部」につながっている。

 

ところが、帯広Cさんがその田舎町から帯広に出てきて思ったことは、帯広における不登校ひきこもり問題は「都市型」であるということだった。

働いていなくて行動も不活発な人は、村落部の共同体のなかでは構成員として存在承認されて溶けこんでいるが、帯広市内ではけっしてそうではなかったからである。

 

Cさんから、帯広周辺におけるいろいろな事例をうかがったが、それはまさしく東京郊外で私自身が知っている事例と、ほとんど変わりないものばかりだった。

まず帯広では、ひきこもりは問題とされてはいるけれども、存在承認はされていないから、ひきこもりの人は隠れて存在することになる。

東京でも、私は地域に存在承認されていないから、近所に隠れて存在している。

ひきこもりが問題とされるから隠れなければならない、ということもある。

私も、もし四六時中、近所から「問題の人」(*4)として見られていたら、たとえ差別などされなくても、たまったものではない。

できれば、私は近所においては空気のように意識されない存在となって居住していたいのだ。

 

*4. 問題の人

精神医療などで有徴者(The marked)などと表現される概念に等しい。ここでは「ひきこもりとしてマークされている者」という意味になる。

その反対として無徴者(The unmarked)は「ひきこもりとしてはマークされていない者」であるから、「ひきこもりでない人」とは限らない。

 

帯広においても、東京郊外と同じように、「隣は何をする人ぞ」というのが住民たちの近隣感覚であり、近所に住んでいる人たちとはたいてい誰もが人間的な交流はないという。

だから、ある日とつぜんパトカーや救急車がやってきて、近くのアパートから青いビニールシートに包まれたご遺体が運び出され、その時になって初めて、目と鼻の先の近所に孤立していた人が住んでいたことを知る、といった具合である。

あるいは、ホームレスの人を行政の福祉につなげてあげようと思って、福祉の窓口へのつきそいを計画していても、寸前になって本人が逃げてしまう。

何を恐れて逃げたのか、支援者は首をかしげる

……そんなパターンの数々である。

 

「孤立を防ぐために」

と人々は大合唱する。

大合唱して、お祭り騒ぎをしているうちはまだよい。

しかし、実際に深い領域に踏みこんで、そこで見えてくるものは、孤立を志向しているとしか見えない当事者たちの姿なのである。

孤立と向き合うとは、その矛盾と向き合うことなのだ。

 

いくら東京人が帯広を「地方」と見ても、ひきこもりという問題に軸を据えて眺めるかぎり帯広は「都市」であり、その市外へわずか数十キロ離れた平原に、ものの見方を根本から覆さなければならない「ムラ(群・村)」が広がっている。

この「ムラ」を、私たちは「地方」と呼んでいたのではなかったか。

すると、「ムラ」においては「ひきこもり」は問題ではなかったのだから、「地方のひきこもり」という問題は存在しない、ということになるのだ。

 

「地域で支えるひきこもり」

などということを安易に提唱している人たちは、おそらく村落部の共同体に溶けこんだひきこもりの存在の仕方を理想として目指しているのかもしれない。

そこで思い浮かべている光景は、近代核家族が出現する以前の、本家とたくさんの分家からなる直系大家族の共同体だろう。

ところが、そこには基本的な過ちがある。

彼らが理想化している前近代的な共同体においては、ひきこもりが「ひきこもり」という問題として意識された経験がないのだ。

逆にいうと、「ひきこもり」という問題がいったん意識されてしまうと、そのとたんにその人が共同体に溶けこんでいた、彼らが理想と考える存在形態は終了してしまうのである。

 

そうなると、「ひきこもり」という問題意識を村落部に持ちこまないか、それともそれを持ちこんで当事者に「問題の人」としての苦難を背負わせるか、どちらかを選択しなければならないことになる。

「そんな選択をする必要はない。問題意識を持ちこんで、なおかつ村の人々の意識を変えていけばいい」

などと暢気に考えるところから間違いが始まる。

人の意識はそうかんたんに変わるものではない。

それに第一、そこまでして「ひきこもり」という概念を流布させていく意味は、いったい何であろうか。

その問いを考えなくてはならないのである。

 

・・・「東京のひきこもり、北海道へ向かう<21>」へつづく 

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