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やっぱり今日もひきこもる私(438)東京のひきこもり、北海道へ向かう<22>室蘭で考える「ひきこもりの原因は家族か社会か」

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東室蘭駅

・・・「東京のひきこもり、北海道へ向かう<21>」からのつづき

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by ぼそっと池井多

 

前回「夕張篇」の最後に、ひきこもりと少子化、人口減少、地方の衰退は底流でつながっているという仮説に触れたところ、「ぜひその続きを」というリクエストをいただいた。

光栄なことではあるが、ほとんど近代文明批判ともいうべき膨大なスケールの話となるので、それはまた、いずれ機会を改めてということにさせていただく。

 

さて、夕張を発った私は、苫小牧を経て、室蘭へやってきた。

ここで次に会う約束をしている人がいる。室蘭Dさんである。

 

網走Aさん、根室Bさん、帯広Cさんは、私が北海道へ向けて東京を発つ前から、すでにお会いする約束をしていた。

しかし、室蘭Dさんはちがう。

私がおおまかな予定をSNSに投稿しているのを見て、北海道に入ってからご連絡をくださった方である。

「室蘭あたりには来ませんか」

そこで私は旅程を変えて、室蘭にも泊ってみることにした。

 

 

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室蘭という市は、少し変わった形をしている。

「コ」の字のように、深く湾をくわえこみ、湾口には現在の室蘭のシンボルのような白鳥大橋がかかっている。

それは損得ずくめで市町村が不自然に合併した形ではなく、もともとの街の成り立ちが生んだ姿なのである。

室蘭市の入口には東室蘭という大きな駅があり、函館と札幌を行き来する特急などはここに停まる。

東室蘭から、港の桟橋から発展した「元・室蘭」ともいうべき方面へ、室蘭本線のなかの室蘭支線が伸びていて、その終点がこじんまりとした室蘭駅である。

 

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室蘭支線の終点 昔はこの奥、港のほうへ線路がのびていた。

前回の夕張では地方の衰退をまざまざと見せつけられたが、そういう意味では室蘭も衰退のかげりがさしている。

私が持っていた室蘭のイメージは重工業都市であった。

中学受験のときに四谷大塚進学教室の社会のテキストで、そう憶えたのである。

現在でも、室蘭の内湾沿いにならぶ工場群の夜景は有名で、観光スポットになっているらしい。

しかし、訪れた私が見るのは、産業の空洞化でかつて盛んだった鉄鋼業が衰退した町のすがたであった。

私が泊まったのが、盛り場のある東室蘭でなく、支線の先端、室蘭だったからかもしれない。 

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室蘭駅

いまどき「古い建物」というと、往々にして新しい。

たとえば、下の写真の函館の赤レンガ倉庫がそうであるように、レトロな価値に注目があつまり、古い建物に限ってきれいに整備されていることが多いからである。

 

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函館赤レンガ倉庫 写真・ぼそっと池井多

ところが、昭和以後にコンクリートで造られた「新しい建物」が、そのまま老朽化に身を任せ、壊して更地にする資金もないままに、ただ崩れかけている姿の方が、整備された「古い建物」よりもよほど荒れ果てた印象をあたえる。

室蘭には、そういう建物が多かった。

 

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室蘭駅近くのビル 写真・ぼそっと池井多

毒親と民族問題

そのような町で私がお会いした室蘭Dさんは、あまり詳しいことは書けないのだが、ようするに毒親問題で悩んでいる女性である。

父親がアルコール依存症で暴君であることが、Dさんの人格を幼いうちに打ちのめしてしまったらしい。

そのために、Dさんの現在のひきこもり人生がある。

「家事手伝い」とは考えておらず、ご自分のことは「ひきこもり」だと思っておられる。

 

それは、よくわかる。

私の母はアルコール依存症ではなかったが、カフェイン依存症であった。

暴君の女帝であり、私の人格を幼いうちに歪めてしまい、そのために私の現在のひきこもり人生がある。

 

ところが、お話を聞いていくと、室蘭Dさんの父方はアイヌ人の血を引いており、Dさんの父親は若い頃、民族差別に苦しめられた経験があるという。

そこは私とちがう。

そう言われてみれば、Dさん自身の眉も少し濃くて、目鼻立ちも少しエギゾティックに見えてくるのだが、そういう人は東京にもたくさんいるし、言われなければわからない。

Dさんの祖父も、父も、和人の女性と結婚し、民族の血が薄まっている。

 

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室蘭駅近くのビル 写真・ぼそっと池井多

北海道庁が2006年に調査したところによると、北海道内のアイヌ民族の人口は23,782人であり、室蘭を中心とする胆振支庁(現・振興局)と、お隣の日高支庁に多く住んでいらっしゃるという。(*1)

この調査で「アイヌ」の定義は、「アイヌの血を受け継いでいると思われる」人か、または「婚姻・養子縁組等によりそれらの方と同一の生計を営んでいる」人だが、本人がアイヌであることを否定している場合は調査対象とはしなかったらしい。

このあたり、ひきこもりの自認問題を連想させる。

 

2013年のアイヌの人たちへの調査で「直近7年間で本人が差別を受けた」と答えた人は2%だった。

しかし2016年の調査で「家族・親族・友人・知人が差別を受けた」と回答した人は51%となっている。(*2)

室蘭Dさんも、自分の生きづらさと民族差別は直接関係ないとおっしゃっているが、父親がアイヌとして差別を受けたという認識がある。

 

おそらくDさんのお父さんは私ぐらいの齢だろう。

すると、1980年代に総理大臣が、

「日本は単一民族国家である」

などと国際的にのたまっていた時代に若い日々を生きていたということになる。

さもありなんといったところだ。

 

*1. *2. ウィキペディア(日本語版)アイヌ

 

Dさんは、父親が具体的にどんな民族差別を受けたかは知らない。

話してくれないのだという。

しかし、若い頃に受けた差別が、父親のアルコール依存を形成していった可能性は大いにある、と考えている。

 

差別を受けたすべての人がアルコール依存になるわけではないが、何かにずっと抑圧されていると、身近に手に入る酒という代物は、昭和という時代においては、格好のはけ口であった。

それを私は、当事者として証言する。

私自身も抑圧を心からはね返し、不快な記憶を頭から振り払うために、若いころは浴びるほど酒を飲んだ。

 

すると、Dさんの話はよく話題にされる

「ひきこもりの原因は、家族か社会か」

という問題に答えるのに格好の事例かもしれない。

民族という属性は、個人の努力ではどうにも左右できないものであり、それによる差別が存在するのは、どうしても社会の問題だからである。

 

ひきこもり界隈では古典的な問いともされている、この

「ひきこもりの原因は、家族か社会か」

という設問は、最近では、考えるだけ無駄な問いとされるようにもなってきた。

しかし、私はそうは思わない。

室蘭Dさんの状況をもとに、少し踏み込んで考えてみようと思う。

 

ひきこもりの原因は家庭か社会か

いつも申し上げるように、ひきこもりは多様であり、誰か一人の当事者がひきこもり全体を代表することはできない。

それは室蘭Dさんについても同じである。

しかし、誰か具体的な事例をもとに比較を重ねて、ひきこもり全体を考えてみることは少なからず有用だ。

 

室蘭Dさんからすれば、自分のひきこもりの原因は父親であり、家族である。

もっとも、Dさんにも学校でいじめられたり、職場で疎外されたりといった体験はあるようだが、それも私の場合と同じように、親によって作られたDさんの性格の副産物、もしくは二次的な苦難として、そういう体験をせざるをえなかったと考えられた。

 

しかし、もしDさんをひきこもりにした父親の毒は、一世代前の日本社会における民族差別から作られたものだとすれば、Dさんの父親の視点に立てば、Dさんのひきこもりの原因は日本の社会ということになるだろう。

 

ところが、この点をとらえて、

「ひきこもりは社会の問題」

としてしまうと、Dさんから見て父親は無罪放免となり、父親は何の反省も謝罪もしなくてよくなり、そのためにDさんは生きづらさから脱することができないのである。

 

「日本の社会がわるい。

アイヌの人たちが差別されないように、アイヌの人たちの権利を拡充しましょう。

もっと多くの人がアイヌ文化を勉強しましょう、アイヌ語を学習しましょう」

などとスローガンを掲げて署名運動やデモ行進などしても、Dさんが生きづらさから解放されることはないだろう。

 

もちろん、アイヌの方たちが以前のように差別されることはあってはならない。

私も個人的に、今回北海道を旅する機会に恵まれて、アイヌをはじめ北方民族の文化や歴史というものに大きな関心を抱いた(*3)ので、今後とも勉強してみたいと思っている。

しかし、それはそれでやればよい。

必ずしも「ひきこもりの原因として」やる必要はない。

 

*3. 根室で見たアイヌ人搾取の歴史

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「ひきこもりは社会の問題である」

とする趨勢に抵抗する私のような者には、

「ひきこもりを家庭の問題とすることにより、問題を矮小化している」

という批判が投げかけられることがある。

 

とんでもない、と言わなくてはならない。

家庭が社会よりも人員的な規模が小さいからといって、そこに問題の原因を求めることがすなわち、問題を小さくすることにはならないはずである。

たとえば、虐待する母が小さな家庭のなかにいるだけで、人一人ひとひとりの全人生が狂う。

その人にとっては、全人生とは「すべて」である。

それがどうして「小さな問題」でありえようか。

それがどうして「矮小化された問題」でありえようか。

 

「いやいや、やはり矮小化された問題だ。

なぜならば、全人生を狂わされるのは、しょせんその一人だけだからだ。

社会から見たら、たった一人の人間存在など取るに足らないものだ」

という反論がくるかもしれない。

ところが、実際はそのようになっているのは「一人だけ」ではないのである。

たとえば、私だけが唯一、世界のなかで母親に虐待されてひきこもりになった男性ではないのだ。

私が私の事例を言語化することによって、

「そういうことを問題としていいのだ」

ということを知った他の男性が、自分の事例に類似性を認め、恥の概念を振り捨てて、つぎつぎと語りだすことが期待される。

 

このように、「ひきこもりを家庭の問題」とすることは、問題を矮小化することにはならない。

むしろ逆に、「ひきこもりを社会の問題」とすることは、問題を無辺大の社会という空間へ拡散し、誰も責任を取らないでいいように原因を拡散することになる。

 

私は2019年6月30日の講演で、

「『社会が悪い』という万能アプリ」

という話をさせていただいたことがある(*4)。

ひきこもりに限らず、何か問題が持ち上がった時に、

「それは社会が悪い」

というところへ話を持っていけば、どんな問題であってもいちおうオチがついてしまうのである。

 

「近ごろ、子どもを虐待する親が増えているそうだ」

「それは社会が悪い」

「このごろ、女子高生を盗撮する男が増えているんだって」

「それは社会が悪い」

「近年、ひきこもりが増加して、8050問題というのが囁かれているらしいよ」

「それは社会が悪い」

 

世間話をしているぶんには、これはよい。

そのかわり、このオチは解決をもたらさない。

「社会を変えていかなくてはならない」

も同様である。

 

「社会が悪い。社会を変えていかなくちゃ」

にたどりついたことで、なんとなく答えを得た錯覚は感じるかもしれないが、その中身はひどく空虚なものである。

 

有史以来、どこの国であろうと、いつだって社会は悪かった。

「この社会は完璧だ」

などという時代は、どこの文化圏にもなかったはずである。

普遍的に社会は悪いし、人はいつも社会を変えていかなくてはならないと思っている。

 

だから、

「社会を変えていきましょう!」

「そうしましょう!」

などと、何か新しいことでも始める様子で盛り上がっている人々をみると、私は遠い目になるのである。

 

それは何も、社会は変えていかなくてもいい、と言っているのではない。

社会を変えたければ変えればよいが、しかし人間たちが意思しようとしまいと、社会はつねに変わっていくものだと思う。

 

ただ、ひきこもりという問題をかかえて、今日この日に苦しんでいる当事者や親御さんに向かって、

「それは社会の問題です。社会を変えていきましょう」

というところに結論を持っていく偽善的な講演屋には、私はなりたくない。

 

かたや、私のやっている「ひきこもり親子クロストーク(旧・公開対論)」を、こう批判している人たちがいるようである。

「そんなことやっても、親子はかんたんに対話しない。

たとえ対話するようになるとしても、それまで何年かかると思ってるんだ。

そんな迂遠なこと、やったってしょうがない」

 

なるほど。

しかし、いささか手前味噌なことを言わせていただければ、私はこのように反論申し上げたいものである。

「たしかに回りくどくて、時間がかかるかもしれない。

しかし、『急がば廻れ』で、それが結局いちばんの近道かもしれない。

あなたたちみたいに、いたずらに『社会を変えていこう』なんて盛り上がっているより、私はよっぽど的を得たことやっているんじゃないでしょうか」

 

・・・「東京のひきこもり、北海道へ向かう<23>」へつづく

 

 

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