VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

三島由紀夫を読み返す(2)のぞき見の老人

by J.I.


先月11月13日、法務省より発表された

「2015年犯罪白書」によると、
性犯罪のうち
痴漢盗撮などは、
大学進学者が3割以上となるなど、
単純強姦など他のタイプに比べて
高学歴者の割合が高かった、という
(*1)
 
*1: 犯罪白書:高齢受刑者、初の1割超 性犯罪も増加
毎日新聞 2015年11月13日 13時18分


自分も男性だから
これはおおいにうなずけるところがある。

やはり痴漢や盗撮など、
いくらかの非肉体的な手続きを経て性的満足を得る男たちは、
自分が知的といわれると
喜ぶ傾向があるのではないか。

つまり、筋肉隆々な身体つきをほめられるよりも、
「知的」と呼ばれることで
自分の男性性を認められた感じがするのである。

そのように感じてしまうことが、
ほんとうに「知的」であるのかどうかはさておいて、
非肉体的な手続きを経るという点で、
なにがしかの「知識」の集積が必要とされることは確かだろう。

筋肉モリモリと言われたい男はしきりに
筋トレをして筋肉をためこむ。

それと同じように、
「知的」と言われたい男はしきりに
知識をためこむのである。

もちろん、ここでは
筋肉も知識もファルス(象徴的男根)である。

いくら筋肉がついていても
体力があるとかぎらないように、
いくら知識を持っていても
知的であるとはかぎらないのだが。





三島由紀夫の遺作となった長大な小説『豊饒の海』では、
主人公とも目される語り手の法律家、
本多繁邦(ほんだ・しげくに)は、
中高年になって、だんだんのぞき見の変態になっていく。

本多繁邦は、法曹界の大御所であり、
三島自身の言葉を借りれば「認識屋」であり、
知性が売り物の男である。

「見るとは、決して傷つかない行為である」

と語られる。

つまり、穴からのぞいている男は、
自分がその性行為に参加しているわけではないので、
性交から生じるさまざまなリスクから
傷つくことがない。

リスクのなかには、
性感染症から始まって、
女から
「あんた、ぜんぜんダメね」
などと馬鹿にされて受ける
精神的な傷つきも含まれるだろう。

「のぞき見」というかたちの性行為であるかぎり、
そういったダメージをいっさい受けなくてよい、
というわけである。

これは、想像力という知性によって
生々しい現実から守られ、
臆病という汚名を着ることなく
保護膜がかけられた状態とも言える。

今年の犯罪白書から、
私は本多繁邦の人生へと連想がおよんでいった。

ちなみに、『豊饒の海』の最後のほうで、
そろそろ八十歳になろうとしていた本多は、
公園でのぞき見をしていたところをつまらない事件に巻き込まれ、
それがきっかけで
変態癖があることを社会に広く知られてしまう。

高名な法律家であったこそ、
このようなスキャンダルの代償も大きかった。

「見るとは、決して傷つかない行為である」
というテーゼが崩れ去ることによって、
この長大な小説は、かの名高い最終章へと向かうのである。

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