VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

三島由紀夫を読み返す(5)

三島由紀夫を読み返す(4)」からのつづき・・・

by J.I. × 痴陶人

なるほど。
痴陶人さんの三島観がわかってまいりました。

20年ほど前まで、
私も自分が「虐待」を受けた、
とは思っていませんでした。

まず「虐待」というと、私には
「物理的に殴ったり蹴ったり」
という語感がありました。
どんな内容であれ、母親という女性に、言葉による精神的な作用を投げかけられたくらいで、
「虐待を受けた」
などと言ったら
「とんだ笑い草だ。男がすたる」
などと思っていました。

しかし「虐待」の語源、英語の「abuse」は、
「ab」(異常に、おかしな方法で)と「use」(使う、利用する)をくっつけたものであると気づいてから、
「そうか、私は母親の対外的な人間関係のために、
おかしな方法で存在が利用されてきた。
それは確かにab+useだった」
と合点が行き、
「私は母に虐待されました」
というようになってきました。

ほんらい、もっと良い訳語が開発なり造語なりされるとよいと思いますが、今のところ「虐待」しか言いようがないのだと思います。

ACになるからには、成育歴において何か足りないものがあったのではないか。その欠落の性質が「虐待」なり「ab+use 存在の異常利用」なりで説明されるのではないか。……三島も痴陶人さんも場合も、そうお考えになると、はたしていかがでしょうか。

また「平和な時代に何をぜいたくなことをいう」などと
戦中派の方々はおっしゃるかもしれませんが、
私の原家族は、
家族の外は平和であっても、家族の内は戦争だったのです。
その状態は、子どものみならず、その家族の中に身を置く者にとっては「戦争時代」と同じように肌身に感知されました。

「殴ったり蹴ったり」という意味で「虐待」をとらえれば、
それは、三島も痴陶人さんも
「虐待」など受けてこなかったことになるかもしれませんが、
abuse の訳語としてとらえるといかがですか。

少し変わってくるものはありますか。


痴陶人さん:
なるほどab-useですか、異常な使用、誤用ですね。子供を誤用もしくは、親の権限を誤用すると解すると、虐待の解釈は広がりますね。

例えば教育ママや教育パパなんかです。私は小学生の頃、宿題を見てもらっているときに、間違うと母から物差しで手の甲を叩かれました。そういう勉強の教え方で、私は勉強ができるようになり、恨みやトラウマを残しませんでしたが、もし勉強ができなかったら立派な虐待ですね。

教育や躾という大義名分が、虐待を隠蔽するということはあるような気がします。

勉強に限らず、例えば「巨人の星」の星一徹が星飛馬にやった行為は、れっきとした虐待ですね。なにしろ大リーグボール養成ギブスという拘束具をつけさせて日常を過ごさせているのですからね(笑)。

原作者の梶原一騎も飛馬をACとして描いています。野球以外のことが何も出来ない、恋も出来ない野球人形として。

飛馬がプロ野球選手になっているから、つまり子供が社会的な何らかの成功を納めている場合、虐待は教育に転換されて認知されます。

私の実家の近くにイリエ塾というのがあり、当時スパルタ塾で有名でしたが、そこに通っていた私の友人は、超有名進学校を中退し、輩になりましたが、不良や輩は、本人の意思でする反抗ですからまだいい。

以前東大を出たのに引きこもりを起こした人の「人を嫌うということ」という手記を読んだことがあります。ちゃんと人を嫌うことができない、つまり感情が出せないACの告白だったように思います。

歪んだ過度のスパルタ教育は、東大合格で教育と解されますが、社会生活出来ないACを養成しているれっきとした虐待でもあるわけです。

ぼそっとさんの指摘された武田鉄矢がACだという指摘もここですね。マルチタレントとして成功しているから、あのお母さんは讃美されましたが、息子を後年鬱病あるいはACにしているのですから、虐待であったともいえます。少なくともab-useではあったと私も思います。

そして三島です。彼は貴族でもないのに貴族趣味と教育を祖母夏子から、漢学者の娘の厳しい批評眼の元で作家としての養成ギブスを嵌められて育ったのです。正に三島は星飛馬です。
 
2016/2/10(水) 午前 8:50

なるほど、三島は
バットをペンに持ちかえた星飛雄馬ですか。
それは、文学に興味のない方々にも
わかりやすいたとえですね。

「ab-use」は、たとえば娘の身体を自分の性欲充足のためにつかう父親、すなわち近親姦などにもいえます。
それは娘という存在を「異常に-利用 ab-use」しているからです。
しかし、私にいわせれば、
近親姦がACや毒親といった概念の主流なのではなく、
それは虐待のひとつの類型にすぎません。
息子の存在を、自分の虚栄心のために異常に利用する教育ママなどと同じ座標で語られることが許さなければ、
AC問題は核が見えてこないと私はかねがね言っているのですが、
そうすると私は、
うちの治療共同体から追放されてしまったというわけです。

さて、「三島由紀夫を読み返す(4)」に抜粋させていただいた
前半の部分のなかに

「罪に先立つ悔恨」という後年の主題が、ここでその端緒を暗示してみせた

という一文があります。

ようするに、自分がやっていることの
いったいどこが悪いかわからないながら、
どうやら悪いことをしたらしい、と「空気を読んで」
恐怖と後悔を感じていることを
「罪に先立つ悔恨」などと言っているのでしょう。

仮面の告白』を初めて読んだ19歳のころ、私は、
こういった言い方に心底しびれていましたが、
割腹したときの三島の年齢よりもはるかに上になってしまった
今の私は、

「そんなもの、罪でも悔恨でもないよ。
 公威ちゃん、あなたは何も悪くなかったのだよ」

と言ってあげたくなります。

「自分が何をしたいか」ではなく、
「他人が自分に何をすることを望むか」で
行動を決めるくせがついてしまっている。…
 
勝手に空気を読んで、縮み上がって生きている。…
 
フロイト的にいえば「超自我の肥大」、
サルトル風にいえば「客体優位の自己」、
1990年代ふうにいえば「インナーマザーに支配されている」。

これは明らかにACの特徴だと思う次第です。

痴陶人さんは、ご自分がACであると自覚されるのは
たとえばどのようなときですか。


痴陶人さん:
追々話していこうとは思っていたのですが、そうですね、まず、そこを語らねば本当のコラボにはなりませんね。

あくまで自己診断ですが、脅迫神経症もしくは、不安神経症だと思っています。そして不安を紛らわすために、副次的に様々な依存性に陥ります。

また2年ほど前、自己診断ですが、鬱で半年寝込みました。

私はギャンブルやアルコール依存で何度も生活を破綻させています。

今は家人に一日分の行動費しか持たされていませんから、ギャンブルに依存できませんが、以前は持っている金だけに飽きたらず、借金をできるだけして、もうどこからも工面できなくなるまで、文字通り一文無しにならないと家に帰れないというような有り様でした。

アルコールに関しては、1年ほど前から手の震えに到っておりますが、逆説めきますが、飲んでいないと私は正気でいられないのです。でも手の震えなんて心の震えに比べたら屁でもない。

三十数年間、飲まなかった日は、100日にも足りないでしょうし、休みの日は、朝から酒びたってしまいます。

実は、文章を書くのも酒が入っていないと書けないとはいいませんが、ものすごく不安で恥ずかしい。(今も勿論飲んで書いています笑)

電車の中などで急に奇声や怒号を吐く人がいますが、私は酒が入ってないと、人がいないところだけですが、あれをやってしまいます。無意識にです。やってから、ドキッとして辺りを見渡す。酒が入ってると、その症状は出ないのです。

ギリギリで社会生活している。そんな感じです。

他にもまだまだACの証明はあるのですが、まだ書くのが辛いこともありますし、追々ということでご容赦願います。

罪に先立つ悔恨、私の場合ですが、かなり私の内面に近いものがあり、三島の謎解きのキーワードと解していますがこれも追々。

安倍use、怪我の功名で面白い造語が出来ましたね。これこそコラボでしょう(笑)
2016/2/10(水) 午後 7:49
 
「 でも手の震えなんて心の震えに比べたら屁でもない。」

すばらしい言葉ですね。

そうなのです。アルコール依存になっているときは、
心の震えをおさえるために飲んでいるのですよね。

私も、37,8歳まで強迫神経症で不安神経症だったのですが、
あのころは症状を緩和させるために
まずい酒を飲んでいました。

薬として酒を飲んでいたわけです。
まあ、化学的には、どんな銘酒も
エチルアルコールという薬物ではありますが。

奇しくも、私たちに共通のブロ友、というか師匠筋か兄貴分にあたる方の、いま掲載されているブログ記事は
「文士と覚せい剤
ですね。

そこへ私は、このようなコメントを入れさせていただきました。

清原が「表面的には強く、こわもてであるが、心に弱さを持っている人間」というのは、まことにおっしゃるとおりだと思います。

しかし、そういう傾向は多かれ少なかれ、ほとんどの人間にあるものではないでしょうか。そして、その傾向をごまかすために、何かにすがりつく。……すがりつく対象が、人によっては宗教であり、酒であり、薬物であり、というちがいにすぎないのでは、と私は考える次第であります。

 

強迫が取れてからも、私はあいからわず酒は飲むのですが、
量は以前の4分の1、5分の1くらいで
もっぱら「味」で選ぶようになりました。日本酒ですが。

強迫神経症や不安神経症は治りますからね。
私は生き証人です。

ただ、うつは治るのかどうかわかりません。
これもまた私は生き証人です。(笑)

しかし、痴陶人さんは曲がりなりにも
会社にお勤めになり、ちゃんと社会生活を送っていらっしゃる。
そこが私なんぞよりも、はるかにすごいところだと思います。

でも、ギリギリで帳尻を合わせるようにして
社会生活を営まれるのもさぞかし大変でしょう。

いまの私にはわからないご苦労があることと拝察します。

奥さまもまた、きっとたいへんご理解ある方ですね。

痴陶人さん:
「ギリギリで帳尻を合わせる」は全くその通りです。

生兵法で囓った森田療法の応用というか悪用というか、借金や家賃の督促でにっちもさっちもいかない状態に自分を追いやり、その状況を挽回するために我武者羅に仕事をすることとアルコールで日々の不安を紛らわし、背水の陣の行動療法で何とかやって来たわけです。

ところが、借金を返し終え、少し余裕ができはじめるとまた不安になり、また苦境に自分を追いやる。

まるで積み上げてきた積み木が完成すると遊びが終わるからと、わざと壊してまた積み上げに没頭する子供みたいにです。私の半生はその繰り返しでした。

ところが五十を過ぎて、そんな無謀に肉体的にも精神的にも限界がきました。

憂国忌に父を亡くし、不安や脅迫がなくなることを密かに期待していたのですが、治まるどころか、膨らみ始め、酒量は増すばかりです。

家人の存在は、私がギリギリで踏みとどまれるストッパーの役割を果たしてくれているのだと思います。

脅迫神経症や不安神経症は治り、鬱は治らない。

私は2年前初めて鬱らしきものを体験し感じたのですが、そしてあくまで私見なのですが、私の鬱は、治りたくないカタレプシーだったように思えるのです。

温室の苗床(病床)、それが鬱なのではないかと。病気に引きこもるといいますか、つまり治らないのではなく、治りたくないのではと思うのですが、こんなことをいうと、本物の鬱の方に失礼ですね。
2016/2/11(木) 午前 4:42
 
「(鬱は)治らないのではなく、治りたくないのでは」
というのは、おそらくそのとおりなのでしょう。

今だからいえる言葉にすぎませんが、
ふりかえれば、私にとっての強迫神経症もそうでした。

そう考えると、痴陶人のおっしゃる「温室の病床」というのは、鬱だけでなく、生活習慣病をはじめ、(けっして「すべての」とは言いたくないけれど)多くの病気に共通している「病いの本質」の一部を物語っているのかもしれません。

また、何か必要があって「治りたくない」と思っているのかも。

とすれば、「治りたくない」と思わないでも良いようにするのが、病気を「治す」こと、……俗に「回復」だの「治療」だの「治癒」だの謂われていることなのでしょうね。

おっしゃるとおり、50代になると肉体的にも衰えてくるので、40代までのような無理が効かず、しぜんと「悪いこと」、すなわち発散もできにくくなってきますよね。
そのぶん心は鬱を溜めやすいのだと思います。

昨年の憂国忌(三島が割腹自決した日)に、お父さまを亡くされたとき、痴陶人さんは、
父が三島の命日に亡くなったこと、これは私には何かの符号のように思えます。
今後三島を含めてダブルの呪いになりそうな気がしてきました。
と書いておられました。

お父さまと何かの話で意見がぶつかってしまい、そのままお父さまが亡くなるまでの何年間か、行き来できなかったことも、いつか書いておられましたね。

そのことで、何か心に
苦しさを溜めておられるということはありませんか。

痴陶人さん:
父の死で私が一番恐れていたのが、末期癌を宣告され5年も放置して戻った私に対する家族や親戚の非難と攻撃でしたが、こういう席で日本人はそんな無粋なことをするわけもなく、それは杞憂に終わりました。

次に私の恐れたのは、棺の中の父の姿を目にして、よくドラマであるような父との幼い日なんかのセピア色の思い出が蘇り、峻烈な後悔と懺悔の念が湧き上がりパニック障害に陥るというものでしたが、最期のお別れの際、母や妹弟は涕泣、慟哭しましたが、私は父に僅かな哀れみを感じたものの泣くことはありませんでした。

葬式の後、妹から父が病床で書いたという手記が送られてきて、今それが私の手元にあるのですが、私は怖くてそれを読めていません。

その事が私の酒量を増やしていることは間違いありませんが、今はまだ、父のことが考えられない、いや考えたくないのです。
 
2016/2/12(金) 午前 6:25
それはなにやら、お話をうかがっている私の背筋にも、痴陶人さんの感じておられる怖さが共鳴してくる感じがしてまいりました。

妹さんは、ご自身が読まれてから痴陶人さんに送ってこられたのでしょうか。
妹さんは、内容については何も語らないですか。

その前、杞憂に終わった「五年間放置して…」というのは、お父さまが亡くなられる五年前に末期がんでいらっしゃることが痴陶人さんにわかったのに、痴陶人さんはさしたる治療を医師に指示しなかった、というようなことなのでしょうか。

お父さまご本人に末期の告知が行っていれば、それはお父さまご本人がまずお考えになることではないか、痴陶人さんの責に帰されることではないのでは、というようにも傍目には見えるのですが。

私自身は、おかしないきさつで父をはじめ原家族との音信が途絶えているものですから、今のところはそういうことには無縁ですが、しかし将来的にどのように事態が変転していくかわからないな、と思いながら拝読していました。

痴陶人さん:
妹は内容を読んでいます。笑える内容だと言っていますが、私には笑えるかどうか。

5年前、肝臓末期癌を宣告され、その折りに20年ぶりに帰郷しました。3、4日滞在し、初めはよかったのですが、結局大喧嘩となり、それ以来連絡しなかったという意味での放置で、父は母や妹の看護のもと医師の適切な治療を受けました。それ故5年も寿命が延びたのだと思えます。
2016/2/12(金) 午後 0:40
妹さんの笑いのセンスを信用して、
お父さまの手記を思い切って読んでしまって、ほっとする
というのも一つの選択肢であることは、
おそらく痴陶人の頭の中にもずっとおありなのでしょうね。

必要ならば、妹さんのご諒解を取って、
痴陶人さんの奥さまに先に読んでいただく、
というのはいかがでしょうか。

三島の作品のなかにも、
「まだ読まれていない手紙」というものが、
作中で重要な働きを担うことが多いですよね。『春の雪』とか。

お父さまが亡くなる五年前にご帰郷されたときに
滞在三、四日のうちにお父さまとのあいだで起こった大喧嘩の
発端や原因というのが
私には何か重要であるように拝察されます。



・・・「三島由紀夫を読み返す(6)」へつづく
 
 
 
 
 
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