VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

三島由紀夫を読み返す(16)ラーメンより大切なもの

三島由紀夫を読み返す(15)」からのつづき・・・
by 痴陶人 × J.I.

痴陶人:
向田邦子のエッセイ集「無名仮名人名簿」に「孔雀」という作品があります。

ちゃんと読み返そうと、書店や古本屋を探しましたが、ありませんでしたので、記憶を頼りに内容を申し上げると、これは今ではもうほとんど居なくなったクズ屋さんの話です。

向田には贔屓にしているクズ屋さんがいて、いつも普通ごみとは別個に貯め置いた金目になりそうなクズをそのクズ屋さんに手招きして与えていたのですが、ある日このクズ屋さんと小料理屋でバッタリ出会い、お酒をご馳走になり、日頃の感謝を述べられることで、針の筵に座っているような気になったというエッセイだったと思います。クズ屋さんといえども小料理屋に客として訪れることはあり、彼はクズ屋を職業としているに過ぎないことを理解するわけです。

つまり、クズ屋への行為は、親切であり好意であったことは確かですが、どこかに可哀想な人として見下したり、施したりしている感覚が自分にあったのではないかという内省が語られます。

私は「孔雀」を読んで、向田邦子の作品の核はここだなとひとりごちました。(二十代前半のことですからくそ生意気なガキでした笑)

そしてしばらくして、沢木耕太郎が向田の確か「思い出トランプ」の解説に「孔雀」を引き、私が密かに思っていたことをいってくれて、嬉しさ半、悔しさ半といった気持ちになりました。

その後私は、沢木の「彼らの流儀」という作品を読み、その中の「ラルフ・ローレンの靴下」という作品に、私が向田の核と見た均質性を感じます。

三島由紀夫を読み返す(13)(*1)で、ぼそっとさんが述べられた「一瞬の夏」の冒頭は嘘だという批判、ぼそっとさんの口調がいつもより激しかったので、実は気になっていたのです。




先日メールにて質問しました「ラルフ・ローレンの靴下」を知ってますかというのは、この沢木の作品のことです。

内容は、ジョギングの途中ファンだと声を掛けられた青年の相談を受けている内に、彼が物書き志望であることを知り、紹介してやった雑誌社で、とんとん拍子に作品を書き、デビュー作から署名入りで、ノンフィクション作品を上梓できる運びとなる。沢木は、それを喜びながらも、彼が自分と同じように、若くして一作目からいきなり作家としてデビューする沢木自身の神話を彼が苦もなく再現しようとしていることを快く思ってない自分に気づくわけです。

ラルフ・ローレンの靴下とは、雑誌掲載が決まったお礼に、青年が「荒野を旅する沢木さんへ」というコメントを添えて贈られた品であります。

私はこの作品を読んだ時、再度沢木と向田邦子との均質性を見ます。それは身を切る告白とでもいうべきでしょうか。

「孔雀」と「ラルフ・ローレンの靴下」に共通するのは、クズ屋に優しい、あるいは才能ある若者に手を差しのべる先輩作家といった一種の美談が、その内面のカミングアウトで、全く違う様相を呈するという風に書かれていることです。

それはもしかすると、ぼそっとさんが「三島由紀夫13」で言われたいかにも真実らしく辿々しく書かれた虚構ということになるのかもしれません。

沢木自身は「象が空を」というエッセイ集の冒頭に、

『あるいは、私たちが日常的に行っている「ノンフィクションを書く」という行為も、本来は極めて古臭くフィクショナルなものとして印象されるストーリーを、いくつかの固有名詞、いくつかの数値で、危うくリアリティーを繋ぎ留めつつ述べていこうとする、虚実の上の綱渡りのような行為なのかもしれないという気がしてきた。そういえば、ノンフィクションとフィクションの世界を往き来したことのあるガルシア・マルケスにこんな台詞があった。
「たとえば、象が空を飛んでいるといっても、ひとは信じてくれないだろう。しかし、四千二百五十七頭の象が空を飛んでいるといえば、信じてもらえるかもしれない」
確かに、ただの象は空を飛ばないが、四千二百五十七頭の象は空を飛ぶかもしれないのだ。』

「象が空を」《群像》一九八七年十二月号

とノンフィクションの要諦と危うさを暴露していますからね。

実は私、「ラルフ・ローレンの靴下」の中に登場する若きノンフィクション作家が、もしやぼそっとさんではないのかと思ったのでした。

それは、以前ぼそっとさんが若くして何らかの賞を取り、大手雑誌社で記事を書き、3冊の本を出版されていることをこのブログで知っていたからというということと、私は「ラルフ・ローレンの靴下」で、沢木が自らの狭量をカミングアウトしながらも、この青年の自分の野心を無垢を装って出すことのできる図々しさとしても描ききっていて、必ずしも美談や懺悔の作品としてだけで書いているとは思えず、成行上世話をした形になったけれど、沢木は、この青年の強かさを非難にならぬぎりぎりのところで、毒をもって描いていると感じていたからです。

彼らの流儀といいながら、この一篇だけは、私、沢木の流儀なのです。

もし私の想像が当たっているなら、沢木は、その後、この青年とは付き合っていないように私は思っていました。

ですから、この青年は、沢木を恨んではいないまでも、「ラルフ・ローレンの靴下」を苦々しく読んだのではないかと思うわけです。

そこに、珍しく断定口調で、「一瞬の夏」の冒頭は嘘だと、ぼそっとさんが仰言られたものですから、もしやと思った次第です。

無邪気な図々しさというものは、ぼそっとさんと似つかわしくは思えませんが、若い頃の話ですし、他人に聞きたいことがあると、ずけずけ聞いて顰蹙を買うと仰言っていたことも私がもしやと思った理由の一つかもしれません。

「彼らの流儀」は、私の書庫にありますから、読み直せばぼそっとさんかどうか確かめられることはわかっていました。それをせず、直接ぼそっとさんに質問したのは、当時(といっても数週間前ですが)公私ともに、様々なシンクロニシティが濃密となり、「彼らの流儀」を読み返す前に、答え合わせをしてみたくなったからです。

つまり、私の浪漫主義が疼いたというところでしょうか(笑)。 

結果、ぼそっとさんに、ラルフ・ローレンの靴下、それ何ですかと言われ、ぼそっとさんがあの若者ではないことを知り、「ラルフ・ローレンの靴下」を読み返し、ぼそっとさんであろうはずがないことを再度理解するのですが(彼は私たちよりもっと若く、興味の対象がぼそっとさんとはまるで違います)、自分の推測が間違っていたことがちょっと残念でした。

さて、今回私の陥った浪漫主義的思い込みですが、冷静沈着を売りとする沢木耕太郎にもそらはあった。

私は「一瞬の夏」の冒頭をそのように読みました。

居酒屋の店主を引退した有名なスポーツ選手と思いたい沢木がそれです。それは、スポーツライターとしてもノンフィクションライターとしても致命的な失敗です。

沢木が完璧主義者かどうかはわかりませんが、自分の書くものに責任を負おうとする彼にとっては、私は正に慚愧の念に堪えない出来事だったと思うのです。

フィクションとは、世界の側にこうあって欲しい、あるいはこう有らしめたいと思う世界観によって成り立ち、三島由紀夫は、終世作家として、その世界の創出に努めた人だと思います。逆にいうと、自分の死をもフィクションとして封じ込めるノンフィクションが、あの自決だったのかもしれません。

一方沢木は、ノンフィクション作家として、こうあれかしという世界ではなく、世界のありのままの姿を映す鏡を創出しなければならないのに、こうあって欲しいという表現をしてしまった、それはそれで私は嘘ではないと思うのです。

何故なら、彼のフィクションとしての処女作「血の味」は、元世界チャンピオンだと思い込んでしまった主人公が、それを違うと知った時に、裏切られたという思いからその女装の元プロボクサーを殺そうと思いながらも、彼(彼女?)を殺さず、実父を殺す物語で、間違いなく、「一瞬の夏」の冒頭に語られた、店主を有名な元スポーツ選手と間違えたあの体験がモチーフとなっているからです。

あの間違いには、沢木の存在を揺るがす何事かがあったと私は思うわけです。

沢木の浪漫主義、そうあって欲しいと思う世界を描くには、ノンフィクションでは果たせなかった、「血の味」には、そういう意味があると私は思っています。

ただ、こうあって欲しいという世界は、必ずしもユートピアではありません。こうあって欲しい世界は、その人の世界観、世界認識です。

そして私が三島と沢木が似ているというのも、この世界認識です。

紅孔雀さんところで、以前対岸論争がありましたが、私はこのことを言いました。

様々なシンクロネシテイを一挙に解決してやろうとした感があり、纏まりのない文章になりましたが、ぼそっとさんなら、お汲み取り頂けると思い、いつものように酔って書いたものをこのままアップします。

 2016/4/26(火) 午後 7:49
J.I.:

私のような人間が語ると、
どうしても例えが下品になってしまいますが、
たとえば清純派として知られる女優が、
不倫現場を撮られたような写真は、
まっさきに大衆のツッコミどころとなります。

それと同じように、
言葉を書く人が思わずボロを出してしまったような文章は、
たちまち他の「言葉書き」によって
ツッコミが入るのかもしれませんね。

向田邦子のクズ屋観を、沢木耕太郎が突っこんだように、
沢木耕太郎の『一瞬の夏』の冒頭を、私が突っこんだのでしょう。

沢木はふだんの文章のなかで、
ああいうことをやらないと演じているように見えるので、
かえって私の目についてしまったのです。

私も多分に「無邪気な図々しさ」を持ち合わせた人間ですが、
なんとも光栄きわまる仮説ながら、
ラルフ・ローレンの靴下の青年とは、
残念ながら無関係であります。

私の過去の職歴は、
語るに足らない、蟻のフンのような代物です。
しかし、なぜそれを私がちらと書いたかというと、
たとえ蟻のフンであっても、
それがなかったことにして話を進めると、
あちこちで嘘をつかなくてはならず、
それがいやだったからです。

先日、痴陶人さんのご同窓ナガレさんから
このようなご質問を受けました。

虚構の説得力は何に依るのだろうか。

つまり、たとえば私たちが今こうして
伝達の道具につかっている言葉を例にとりますと、
言葉にされたものはすべて虚構である、と。

道具が映像ならば、
映像に撮られたものはすべて虚構である、と。

しかし、同じ虚構でも、
それが本当らしさを持つときと持たないときがある、と。

「本当らしさを持つ」、つまり言葉が読者に
「これは本当にあったことなんだよ」
と説得する力を持つとき、
その力はいったい何に依るものだろうか。……

という、まことに深遠なご質問だったのです。

私ごときがまともに答えられるはずもありません。

そこで、私はナガレさんが「美女」を好きであることに鑑み、
こんなふうに返してお茶を濁しました。

それは、
「好きになった美女を口説き落とす力は何に依るのだろうか」
という疑問と同じく、
そんな答えがかんたんに見つかるようであれば、
世の作家は誰一人として悩まない。

痴陶人さんが引用してくださった『象が空を』を書いた沢木も、
私のナガレさんへの返答には賛成してくれるものだと思います。

三島由紀夫は、終生作家として、その世界の創出に努めた人だと思います。逆にいうと、自分の死をもフィクションとして封じ込めるノンフィクションが、あの自決だったのかもしれません。

とは、まさしくおっしゃるとおりで、
三島をちゃんと理解する人ならば誰でも賛成することでしょう。

さて、それに関連して、
これから、或る映画監督に言及させていただきますが、
これは現在、弊ブログで進行中の或る記事群と関係するため、
運営の都合上、あえて仮名で通させていただきます。

最近、私たちのクリニックに
原田三男(仮名)監督がお見えになりました。

原田監督は、虚構というものに関して、
似たような視点を持っていると思われます。
彼の『進み進みて聖軍』(仮称)や
『全人虚構家』(仮称)などは、
三島のような激烈さは持たないまでも、
自らの生を虚構の中に封じ込める登場人物たちの
ドキュメンタリー作品でした。

上記の二作品の場合は、
それぞれの登場人物たちが「自分を演じ」、
かたや撮影・監督は本人たちではなく原田監督であることから、
登場人物たちの意図とは異なるストーリーに
仕上がっていくところが、
作品の醍醐味になっていますね。

三島事件は、ここが異なってはならなかったわけでしょう。

では、原田監督の初期の作品
『超私的エロチシズム』(仮称)はどうか、
というと、原田監督自身も撮られながら、撮っています。
そうした虚構のつくり方は、
私のなかで三島事件と「痛く」通底するのです。

1974年の作品ですから、
原田監督の脳裡にまだ生々しく
三島事件あったのでは、
などとひそかに仮説を立てております。

2016/4/27(火) 午後 11:27

痴陶人:
『全人虚構家』DVD映像特典拝見しました。

いやいや、大変面白かったです。
オープニング、塞翁先生のお姿を見た途端、指圧の心は母心かと(笑)。

その御風貌は、新興宗教の教祖様にピッタリで、
フィクションとしてこのブログを読んでいる私にとって、
よくもまあ、この人を配役したもんだと感心しました(笑)。

また、塞翁ディスクール(*1)というのがどういうものかということも、手に取るようにわかりました。



思ったのは、良くも悪くも、
塞翁先生には、カリスマ的魅力があるということですね。

原田三男が飛び付いたのもそこでしょう。
物事の解釈の仕方にダイナミズムがあり、
そしてその話術に圧倒的な面白さがあります。

ただ、それは精神医療家としての力ではない。
むしろ原田監督とバックボーンを同じくする、
人間通、芸術通の人間観察に対する洞察で、
その独特の言い回しと
時々の結論の帰着点にあるように思われます。

例えば
精神科医がホームレスに手玉に取られていたらしょうがない」
なんていう
一つ間違えば差別と受け取られる言い方を
先生は敢えてというか、自然とされます。

井下光成同様、それが魅力となるような方ですね。

精神科としての発言は、
三浦一義は病気だが、井下光成は病気ではない
と語ったことくらいでしょうか。

しかしそれも精神科医の発言というよりは、
人間通の洞察すね。
私もそう思っていましたから。

一番面白かったのは、
原田が単刀直入に井下光成を好きか嫌いかと聞かれた時、
会って飲み交わしたかったようなニュアンスで
好意を示されたことです。

そこには、ぼそっとさんも仰言ってる
井下と塞翁先生との均質性にあるかと思います。
つまり似た者同士です。
その事を原田は直感的に見抜いたのではないかと思います。

私なんかは、井下が生理的に嫌いで、
飲んでみたいとは一切思いません。
今回、本編も観ましたが、
この映画を観たと思っていましたが、
恐らく途中で挫折したみたいです。
『進み進みて聖軍』と比べて記憶がないのは、そのせいか、
特典で原田が言っていた、
私が西洋人の感覚に近いからかもしれません。

一番の相似は、弟子の女性たちのインタヴューで、
皆一応に紅潮して井下への自らの恋心を語ることです。
私は取り巻きの女性陣の様子を、
ぼそっとさんがここで語られた
江青さんたち女性患者さんたちの写し絵であるかのように
見てしまいました。
非常に生々しく、気持ち悪く私は見たのですが、
塞翁先生や井下は、女性の自尊心(女心)を
よく心得ているのだと。

もっと面白かったのは、埴輪雄嵩が
あの桂歌丸のような口調でゆっくりと
「この映画で一番の嘘つきは瀬戸口寂徳だ」
と語ったことを原田が面白がっていることですね。
さすが埴輪だと、膝を打ちました。

原田のいう、心の病の映像化、
チームぼそっとの試みを見せてみたいですね。


2016/5/1(日) 午前 10:43
録画しておいた先週土曜の深夜やっていた「ラーメンより大切なものー東池袋大勝軒50年の秘密ー」というテレビ「ザ・ノンフィクション」の映画版を見ました。

この作品は、昨年お亡くなりになった大勝軒の産みの親、つけ麺考案者でもあるカリスマラーメン店主山岸一雄さんのラーメン屋としての晩年と、病気で動けなくなり、引退、閉店に至るまでの姿を追ったドキュメンタリーです。

この映画は、たまたま最近見たドキュメンタリー映画、原田三男(仮称)監督「全人虚構家」(仮称)と私の中で好対照をなす作品で、いろいろ考えさせられることがあり、この場を借りてお話ししてみたいと思います。

「ラーメンより大切なもの」は、技巧を排したオーソドックスなドキュメンタリーで、華美な音楽演出や編集を排し、ただひたすら被写体の山岸を編年体で追う作りになっています。

一方「全人虚構家」は、インタヴューの合間にカットバックして映像を挟んだり、井下の記憶をモノクロですがドラマ仕立てにしたり、井下の手術のシーンを長時間サイレントにしたり、かなり技巧的に作られています。

原田三男監督の名誉のために申し上げると、それらの技巧、演出は、虚構(フィクション)ではないということです。

それは、井下という被写体の嘘(虚構)を際立たせる技巧であり、ドキュメンタリー自体のルール違反をしているわけではなく、是枝裕和などがやる劇映画(ドラマ、フィクション)のドキュメンタリー的手法、演出というものとは一線を画しています。

私は、原田三男という映像作家をかなり評価しており、「進み進みて聖軍」などは、劇場、ビデオ、DVDと何度も見直し、マイケル・ムーアがいうように、ドキュメンタリー史上もっとも優れた作品の一本だと思っています。

「全人虚構家」を認めないというわけではありません。作品そのものというより、私は、井下光成という被写体と、小説家の嘘というものをそんなに重大に思っていないといったところでしょうか。小説家なんて、所詮そんなもの。ヤクザな商売だという、作中般若豊が示していた態度が、私に近いでしょうか。

そういった意味では、「ラーメンより大切なもの」の被写体山岸一雄さんは、私の興味と好みに叶っていたといえます。

山岸さんは、頭に馬鹿がつくほどのお人好しで、生涯彼の元で修行した弟子は、三百人を越え、リストラに合ったずぶの素人が三日間だけ修行に来ても、快く受け入れ、何の戦力にならずとも、去り際に志を包んでやります。

また、たとえ三日間だけの修行の弟子が、大勝軒を名乗り店を出しても、一切文句も言わず、お金も取らないのだそうです。

作中、三ヶ月だけ修行したある弟子が郷里の茨城だか栃木に帰り、大勝軒を名乗って大成功を納め、年商五憶を稼ぐようになります。「僕はズルいから、マスターみたいに素材にお金を掛けないし、量も大盛りにしない」と笑って答えます。

私は、そういう要領のいい奴も出て来るだろうなと思って見ていました。

この映画の一番の見所は、二人三脚で店をやって来た奥さんが死んだ後、二階と階段下の小部屋を封印し、弟子たちにも入らせないようにしている。

途中、スタッフがその小部屋を見せてくれないかと頼むと、珍しく強い口調で山岸は、「俺の心臓に穴を空けるようなことをするなら、(撮影を)降りるよ」と言います。

そう、長野の山奥で一ヶ月違いで生まれた従妹の奥さん(写真に写る二人は兄妹のようにそっくりです)との夫婦生活の思い出が、山岸の人生の全てで、彼はいつ死んでもいいと思っている。ラーメン作りに命を賭けているのではなく、妻の死を忘れるために、余生を全うしようとしているだけなのです。

手術しないと、1年後には、立てなくなると言われても病気を放置し、店の厨房に立ち続けるのも、採算度外視で客が残すほどラーメンやスープを盛るのも、弟子たちに自分の持てる技術の全てを無償で教えるのも、「ラーメンより大切なもの」があればこそだったわけです。

店のあった場所が再開発で立ち退きになり、その跡地に52階建てのマンションが建つことになり、山岸は、店を畳みます。

その解体現場にもカメラは向けられ、あの小部屋が我々の目の前に現れます。昭和にタイムスリップしたかのような埃を被ったその小部屋は、照明の演出もあるのでしょうが、まるでエジプトの王家の墓の中のように美しい。

ここにこの映画の「ラーメンより大切なもの」が映像として描かれるわけです。

ここに描かれるのは、妻の死をなかったこと(虚構)にしてしまいたかった男の真実が描かれ、「全人虚構家」に描かれた自分の虚構化に人生を賭けた男の事実とは、全く真逆の感動が生まれます。

井下も山岸も弟子たちにとっては神にも等しいカリスマで、どうして11:00のオープンに7:00から並ぶのかと聞かれた常連客は「これはもう宗教、宗教」と笑ったのが印象的でした。

宗教と化したラーメン屋、宗教と化した小説家、ここに私は、ぼそっとさんたちの関わる宗教と化した精神科医を加え、以前ぼそっとさんが言われたアルチザンとアーティストの問題を論じてみたいのです。

まず、アーティストである作家は何故伝習所を設けたのかです。伝習(伝承)が可能と思ったからでしょうか。いいえ、それは違います。特典映像で原田監督と塞翁先生が話されているように、伝習所は、弟子たちにでなく、井下自身に必要だったのだと思います。彼には彼を鼓舞し盛り立ててくれる観客としての取り巻きが必要だったのです。

次にアルチザンですが、これはラーメン屋さんの世界ですね。ところが山岸自身も伝承を可能と考えていない。恐らく、他人には自分の味は作り出せないと思っていたのではないでしょうか。それは誇りではあったでしょうが、だからどうだというものでもない。死ぬまでラーメン屋でいれればそれでいいというようなものだったみたいなのです。

伝承の不可能性を十分知っているから、彼は誰にでも自分の持っているものの全てを伝授するし、無償で暖簾分けもする。もし伝承してくれるならそれもまた嬉しいと。

この無防備さは、見ていて心配になるほどで、ラーメン屋を止めた後、ちゃんと暮らして行けるのだろうかと見ていて心配になるほどです。

さて最後に塞翁先生です。アーティストでもアルチザンでもない精神医療の世界で、リカモリという制度を編み出されたのですから、一応伝承可能とお考えになられたのでしょう。

ところが、この制度の受講修了生に、誰でもがカウンセリングをやれるというわけではないと失言されたとか。これはとんでもない話です。

リカモリ制度は、ラーメン屋のフランチャイズ化の暖簾制度です。フランチャイズ化ですから、ロイヤリティを取るのは当然です。

こういう手法で成功を納めているラーメン屋は数多くあります。「ラーメン嵐」がそのいい例だと思います。ロイヤリティを取り、ラーメン作りのノウハウを伝授してやる代わりに、その人がラーメン屋として食って行けるような保証も与える。そしてブランドの味を守るため、フランチャイズ化後の味や店舗管理にもチェックを入れ指導する。そこに創業者側と店側、客側のウインウインの関係があるわけです。

伝習所は、会費位はとられるでしょうが、フランチャイズ制度ではない、井下も弟子たちも、いい作品を書けなければ作家になれないことを知っています。それまでの修行の場所が伝習所で井下から糞味噌に言われても彼らが伝習所を止めないのは、彼らが作家(ラーメン屋)になりたいからです。嫌なら、また作家を諦めたのなら辞めればいいだけです。

ところが塞翁先生ところは、色んな意味でおかしい。ロイヤリティをとっておいてその生活保証はなく、各々の実力でやんなさいな。多分私のラーメンは作れないでしょうがという姿勢であることと、塞翁先生の治療にかかりたい患者(大勝軒のラーメンを食べたい客)を半無理矢理、ラーメン屋さんになりなさいなとラーメン屋にする。(無理矢理ではないかもしれませんが、ラーメン屋さんにならなければ先生のラーメンが食べられない雰囲気があるわけでしょ?)

誰が正しく、誰が間違っているという話ではありません。

ただ自己実現のため(井下)でなく、金なため?(塞翁先生)でもなく、ラーメンよりも大切なもののために生きた男がいるということです。

山岸がラーメン屋を止めた後の老後の生活ですが、心配はいりませんでした。

大勝軒の跡地のマンションの上層階に、あの「僕はズルいから」といっていた年商5憶の弟子が、恐らく土地柄憶ションでしょう、これまでの感謝とお礼にとポンと山岸に一部屋買い与え、そこへ弟子たちが妻や子供を連れて代わる代わるやって来て、あれこれ世話をやいてくれ、幸せな最期を迎えたらしいです。

2016/5/2(月) 午前 9:19
 
 
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