VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

積もっていくお菓子のゴミ(59)家庭のなかの虐待が犯罪やテロを生む

積もっていくお菓子のゴミ(58)」からのつづき・・・


ニャロ 「いったいどうしたら
 この家庭で育っていかなくて済むか」
 ということを、子どものころの私はずっと考えていました。

 よほどのことをしないかぎりは、
 たとえ児童相談所へ行っても、
 親が「引き取りに来ます」といえば、
 何日かすると家に帰されてしまう。

 法的にそういう仕組みになっているということは、
 子ども心にも知っていました。

 妹と、こう話していました。

 「少々悪いことをしたぐらいでは家に帰されてしまう。
 帰されたら、帰されたあとのほうがこわい。
 もっと厳しくなるだろう。
 もっと怖くなるだろう。
 もっと親からの暴力はエスカレートするだろう。
 何か家に帰されないくらい悪いことをしなければ」
 
 それで、もし私が、
 たとえば畑の中の空き家を見つけて放火をすれば、
 少年院に入れられて、
 家には帰らせられることもなくなるだろう、
 と考えたのでした(*1)

*1.その後、その放火計画を思いとどまった経緯については、

イメージ 1
J.I.  放火というのは、刑法的にもかなり重い罪になりますね。
 
 犯罪というのは、
 追い詰められた者の叫びみたいなところがあります。

 かくいう私自身も、4歳か5歳のころ、
 母親に連れていかれる先のスーパーで、
 ラップされている肉や魚のパックに、一つ一つ

 プチッ、プチッ、

 と指で穴をあけていました。

 私が穴をあけたパックは、
 店の人にとってはもう売り物にならなかったでしょう。
 
 幼いながらに、
 私は「盗むのはいけない」と頭でわかっている。

 だから私は盗んではいない。
 しかし、私は万引き、盗んだのと同じ損害を
 店の人に与えていたのです。

 そして、それが当時の私にとって唯一の
 怒りの発散の窓口でした。

 ああいうことでもしないと、
 私のなかでは
 毎日、母親からされていることと
 とうてい何かが釣りあわなかった。

 もちろん、見つかっていたら、
 犯罪的な意味でも何か問題になっていたでしょうけれど、
 見つからないで過ぎてしまった。
 だから問題はなかったように見えるのだけど、
 記憶を掘り返せば問題が見えてくるのです。

 子どものころは、罪の軽重がわからない
 ということもあるのですが、
 大人になってからも、人が抱え込んでいる怒りや憤懣は、
 子どもの私が店のパックに穴をあけたように
 ぷちっ、ぷちっ、と出るものだと思うのですね。
 漏れいずる怒り、といいますか。

 だから、犯罪というものに対する見方が
 まったく成育歴に問題がなかった良識的な市民の皆さまと
 私みたいな人間のあいだでは、
 また別個の見方を持っていますね。

 そこで私は自分のことを
 「テロを起こさないテロリスト
 だというのです。

……。
……。
 
・・・「積もっていくお菓子のゴミ(65+)」へもつづく
 

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