VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

三島由紀夫を読み返す(21)

三島由紀夫を読み返す(20)」からのつづき・・・

by 痴陶人
 
痴陶人:
紅孔雀さんとぼそっとさんの食い違いは、論点のズレというより、位層の違いですね。

その事は、随分前から気づいて、気になっていました。

ですから、紅孔雀さんにチームぼそっとに対する批判というものはないと私は思います。

あるとすれば、それは生の言葉に対する紅孔雀さんの生理的嫌悪でしょうか。

私小説も含め自然主義文学との相似を見るのは、ちょっと無理があるように私も思います。

何故なら、チームぼそっとの発語は、心のつかえの吐き出しであり、島崎藤村のそれは、作家の虚飾であるからです。

残念ですが、紅孔雀さんと、ぼそっとさんの間に横たわる断絶こそが、病者と社会の断絶ともいえるかもしれません。


[ 痴陶人 ] 2016/11/13(日) 午後 9:21

私がまだ二十代のころに、アルバイト先で知り合った崔さんという八つ年上の友人がいました。

彼は小説を書いていて、本人曰くですが、群像だかなにかの新人賞に次点になった人でした。作品は読ませてくれませんでしたが、その作品のタイトルは今でも覚えています。「真夜中の虹」です。

名前からもわかるように、彼は在日二世でした。そして、その作品のタイトルからもわかるように、彼は生い立ちの闇の中に、小説を書いて虹を架けようとしていたのだと思います。

小説家の卵の話し相手として、私ほど相応しい人間はいません(笑)。背伸びして生意気なクソガキに、崔さん(彼は正社員でした)は、周りのアルバイトの人間とは格段の違いの厚遇で私を処してくれました。

我々は、仕事が終わると、コンビニで1ダースほどのビールを買い込み、夜の浜辺に陽が昇るまで、文学論、芸術論、人生論、恋愛論を交わしました。

そんな中、私はある失言をしていまいます。八つ年上とはいえ、また小説家の卵とはいえ、もしかしたら私は彼をなめていたのかもしれません。

私はその言葉を彼の語る在日としての苦悩を励ます意味で発したつもりでしたが、それは彼の苦悩の前には余りにも無力な、無邪気というには、余りにも稚拙な言葉でした。

「でも、崔さんは、日本で生まれ、日本で育ったんだから、日本人じゃないですか」

私はそう言ったのです。

この言葉を受けて崔さんは、私がこれまで体験した中で人間が見せる一番急激な表情の変化を見せました。

私の一言で、崔さんの穏和な表情がみるみる怒りとも哀しみとも受け取れる、苦悩の表情へと変化していったのでした。

しまった!と思いました。

私の稚拙な言葉が、崔さんを想像以上の混乱に陥れていることを、私は瞬時に理解したのです。

案の定、その後から崔さんの口調は変わりました。文学を志す年上の人間とは違い、まるで、同級生に話すように彼は話始めました。

「中学時代の親友の両親にもそう言われたよ…」

日本で生まれ育ったから日本人、いくら同情からそういったとしても、特に好意を持っている日本人からそう言われる時、在日韓国人の彼にはその同情が一番残酷で堪えるのです。

今の私ならそのことを理解できますが、不遜きわまりない若い私、人の苦悩を傷口を舐めるほどにしか理解していなかった私には、そのことが全く理解できなかったのですね。

在日の方のアイデンティティは、朝鮮人としての誇りを日本人に朝鮮人として尊敬されない限りは満たされないということは、今の私ならわかるのですが、クソガキの私にはわからなかった。

でも、わからなかったことが、逆によかったのかもしれません。崔さんは、私にわかってほしいと思ったのでしょう。こんな話を始められました。

それは彼の人生最初の記憶(三島の産湯の盥に差す光の記憶を思わせるそう思いたい願望ともとれます)でした。

四、五歳の頃の記憶で、既に彼は在日ということで苛められていたのだといいます。しかし、何故苛められているのかがわからなかったと彼は言いました。

彼は滑り台の上にいて、下から揶愉する近所の子供たちに、生まれて始めての怒り、憤りを覚え、何かとんでもない言葉で、最大の侮蔑を込めて言い返してやりたい衝動に駆られるのです。

そして、彼が、心の底からの怒りと憎悪を込めて自分を揶愉する子供たちに向かって叫んだ人生最初の言葉、それは…

朝鮮人!!

だったというのです。今思うと、優れた小説家の創作にも思えますが、私はこの話の持つ悲劇性に打ちのめされました。

何故私がこの話を持ち出したかといいますと、今回の紅孔雀さんとの絡みがあったからです。

実は私、ある時から紅孔雀さんのブログを見るのが苦痛になりました。今でもたまに拝見しますが、その際も履歴を消して出ます。

何故見られなくなったのか、いろいろ理由はあるのですが、その一つが紅孔雀さんとぼそっとさんとのやり取りです。

私はアモさんがトラヴィスに覚える共感性羞恥をぼそっとさんに覚えてしまい、ハラハラドキドキして、危なかしくって見ていられない心境に陥るのでした。

そして、紅孔雀さんのぼそっとさんを突き放すようなリコメに、何故か私自身も傷付くのでした。

いつか、紅孔雀さんとぼそっとさんという二つの巨きな知と知はぶつかる。私はそう思っていました。

さて、私は知を好みますが、雅号にもしているように、それは病垂れのついた知かもしれません。

ドストエフスキーも谷崎も吉行も皆病垂れのついた知の人です。

紅孔雀さんとぼそっとさんの位層を象徴的に言い表すなら、その知が純然たる知か、病垂れのヴェールのついた痴かという言い方も出来ます。

今回の紅孔雀さんのリコメに、チームぼそっとに対する批判はなかったと今も思いますが、もし何らかの批判があったとしたなら、それは知による痴に対する批判だったと私は思っています。

そしてその批判にはぼそっとさんだけでなく、私への批判も含まされています。不遜な思い上がりかもしれませんが、私へのメッセージとして、私はリコメを読んだのです。

何故、ぼそっとさんやチームぼそっとの読者にあのリコメがわかりづらいのかは、私という印画紙がもう一枚トレースされているからだと私には思われるのです。

だから、私には紅孔雀さんの意識の流れのようなものがある程度伝わるのです。

深読みかもしれませんが、紅孔雀さんのリコメの分析をやってみましょう。

「じつは私は部落出身なのです・・・。」
「じつは私は近親相姦をしてしまいました・・・。」
私は自然主義文学が嫌いです。


ドキッとする文章でした。一瞬紅孔雀さんが部落出身者なのかと思いました。

しかし、これは、「破戒」と「新生」、つまり藤村のことだと直ぐにわかります。

そしてこの批判は、別段新しいものではありません。いわば文学界の定説とでもいうもので、坂口安吾三島由紀夫が徹底的な批判をしていることは、私も自分のブログの「堕落論」の項で取り上げています。

また、私は私のブログか、紅孔雀さんのブログのどこかで、安吾や三島の藤村の批判は、私もその通りだと思うが、私が中学の時、「破戒」を読んで、瘧のような震えに襲われた事実は消せないというようなことを書いた記憶があるのです。

さて、では何故リコメの冒頭にあの衝撃的な「破戒」と「新生」が持ってこられたのか。

部落と近親相姦は、頻繁にチームぼそっとで取り上げられる言葉ですよね。私が紅孔雀さんの生の言葉に対する嫌悪というのは、この部分です。

どちらもタブーを宿したいわば四文字言葉としてあります。

自然主義文学が出てきた過程は、まず、この言葉がチームぼそっとでは日常的に語られていることであるかもしれませんが、私はそれとは別の見方もしています。

それは、数週間前に、ぼそっとさんの出された堕胎の告白です。私はそれをどうこういわれているのではなく、そこで私がやった「ここまで来ればもう既に文学です」という賞揚に対する批判かもしれないと思ったのです。

つまり私が賞揚した文学とは、自然主義文学だという批判ですね。

次に
前に書いたことがありますが、
どれだけ虚無感を抱えていても、
銀行員の如くふるまうのが人間の務めだと思っております。

この部分、これは、数ヶ月前に、私が出した「昼は銀行員 夜はテロリスト」という紅孔雀さんの言葉を受けています。あの時の私とぼそっとさんのやり取りは、私が紅孔雀さんにも夜はテロリストという願望があるというなら、日本人の中にある案外普遍的な願望≒大和魂なのかもしれないであり、ぼそっとさんは、文章を書かれる人ですから、そういう闇を勿論抱えておられるでしょうでした。

つまり、我々は、テロリスト、闇の部分をクローズアップしましたが、紅孔雀さんは、昼、日向の方をクローズアップされているわけです。

次、
太宰治は嫌いではありませんが、
ときおり、鼻持ちならない虚無感のようなものを感じることがあります。

以前紅孔雀さんのブログで、石川啄木と太宰の相似で私と紅孔雀さんが意見の一致をみたことがありました。

そこから、自己の中で分裂する誇大妄想と自閉する卑屈な自我という岸田秀の話に展開していきましたが、そこで私もぼそっとさんも、どうしょうもなく石川啄木的人間であることをカミングアウトしたことを覚えてらっしゃいますか。

ここは、あの時の話と繋がります。「鼻持ちのならない虚無感」、それは啄木や太宰のことであると同時に、私やぼそっとさんにも当てはまることを自分達で進んで述べた訳ですから、批判には当たりません。

私は有り難く受け止めました。

このように、私も含めたやり取りをトレースして行くと文脈がハッキリしてくるでしょ。皆さんにわからないことが私には、このように見えていたわけです。

最後に一番大切なこの部分。

治りたがらない病人などには本当の病人の資格がない

三島由紀夫太宰治を評して言った有名な言葉です。

これはちょっと自信がないのですが、治りたがらない病人が出てきたからいうのですが、これも私が以前にぼそっとさんに質問の形で問いかけたことと似ています。

強迫と鬱の話の際、私は自分の細やかな体験から、鬱を治りたくない病気と位置付けました。

ぼそっとさんには、愛も持ち出したことで、位層が違うと却下されましたが、私は今もこれを暖めています。

鬱を擬死(カタレプシー)ではないかと思っているわけです。

私と紅孔雀さんの違いは、恐らくぼそっとさんを太宰に準え、三島の立場からそれを仰言っていますが、私は三島こそが、カタレプシーの人だと思っているわけです。

そして、三島由紀夫を語ることこそが、知と痴の分水嶺。紅孔雀さんとぼそっとさん、そして私との断絶の象徴としてあるように思います。

私は三島由紀夫をこれからも痴の人として語ってゆくつもりです。でもあくまで知の人と見る人もいるのは仕方ないと思います。

さて、本題です。

何故私が朝鮮人と叫んだ崔さんの話をしたか、

それは、時々ぼそっとさんが崔さんと同じように、自分と同等の知の人に向かい「キチガイ」と叫ぶように思うからです。

勿論この比喩が誹謗でないことはご理解頂けますね。

ぼそっとさんが、ご自分を理解しない知の巨人に返す刀で「キチガイ」と叫ぶことは、精神分析的に見て、非常に妥当だと私は思うわけです。

つまり、「私はキチガイじゃない、キチガイはお前(お母さん)だ」という構造とピッタリ整合するからです。

しかし、見ている私からは、余りにも悲壮で悲劇的なのです。

塞翁先生はいいとして、紅孔雀さんに対しては、非常に私には辛い。goodじいさんもそうだと思います。


[ 痴陶人 ] 2016/11/15(火) 午後 7:51
紅孔雀さんのブログで、確かぼそっとさんが何か多摩川を比喩に使ってコメントされ、それを否定するニュアンスで紅孔雀さんがリコメされ、私が、私からみると河の両岸は一つなんですがねと位層の違いをコメントしたことがありました。

その少し前から感じていましたが、あそこでお二人の断絶(市民と反市民の)が顕在化したのだと思います。

河の両岸は、その象徴的な言葉として私にも思い浮かびました。

恐らく紅孔雀さんもあの時点をちゃんと意識されていると思います。

ただ、昨日出たリコメで紅孔雀さんも仰言っているように、


心の問題を病理学的にとらえるのか、社会学的にとらえるのか、文学的、哲学的にとらえるのか。
いろいろな観点から、いろいろ発言ができるということではないでしょうか。

と位層の違いであることは認識されています。

病者と社会との断絶は、ニャロさんの幼少期の話が象徴的ですね。言葉は交わせるのに、その言葉が通じない。それこそが最大の虚無感だと思います。


[ 痴陶人 ] 2016/11/16(水) 午前 7:54
 
 
・・・「三島由紀夫を読み返す(22)」へつづく
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