VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

近親姦加害者だった私(4)

近親姦加害者だった私(3)」からのつづき・・・

 
ぼそっと池井多 奥さまとは、その後、離婚なされたわけですね。

ケイ 離婚された、ということですね。

 私は、一方的に悪いので、
 「やり直したいので、どうぞよろしくお願いします」
 ということで、
 妻に最後まで離婚を思いとどまってくれるように
 訴えましたけども、
 妻の決断で調停離婚に至りました。

ぼそっと池井多 調停離婚が成立したのは、
 娘さんが家出をしてからどれくらい後ということに
 なるでしょうか。

ケイ はっきりとした年月は憶えていませんけども、
 たぶん(離婚が成立したのが)娘が二十歳ちょっと前ぐらい
 じゃないかな、と思うんですけれども、
 家出をしてから二、三年経っていたということになります。

 元妻はフィリピン人なので、
 (日本で離婚をするといっても、具体的に)法的に
 どうしたらよいかわからない、という感じでした。

 その後、元妻にはどうにかこう怒りをおさめてもらえて、
 (今では)電話をよくもらうんですけれども、
 元妻が今の時点で、その時の心境として話すことには、
 一度は「やり直したい」と元妻も思ってくれたようなのですが、
 やはり私のやったことはあまりに深刻であったので、
 元妻は、いろいろな人…、フィリピン人の友だちなどに
 国際電話とかしてアドバイスを受けているときの
 電話料金が100万円ぐらいになっちゃったんですよ。

 それで、なんとか(国際電話を)やめてくれ、といっても
 元妻もやめられないわけですよね。
 悩みが大きい状態ですから。

 そのことでまた夫婦喧嘩みたくなっちゃって、
 元妻が今の時点でふりかえることによれば、
 なぜ離婚を決断せざるをえなかったかというと、
 「パパから厳しく『国際電話をやめなさい』とか
 『ナニナニをやめなさい』とか
 すごく圧力的に言われたので
 やり直したとしても、そういう圧力をまたたくさん
 受けちゃうんじゃないか、ということで
 やり直すことはもうあきらめた」
 というようなことを言っていましたね。

 もちろん性虐待(近親姦)をやってしまったぼくに対する 
 怒りみたいなものは
 あの時点ではすごくあったでしょうけど、
 あれから年数が過ぎて、いま振り返ると、
 ほんとうの離婚の理由は、
 そういうことではなかったのか、
 ということを今、元妻は私に話しています。

……。
……。
 
 
 
・・・「近親姦加害者だった私(5)」へつづく
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