VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

父から逃げられない私(57)批評眼を持った患者

父から逃げられない私(56)」からのつづき・・・

 
2016年6月収録
 
ナガレ 塞翁先生もひたすら、なんていうか
 (自分が)俗人であることを強調されるのよ、患者の前で。

ぼそっと池井多 そのとおりです。

ナガレ あれは、自分が教祖化されまいとやっておられること
 だと思う。

ぼそっと そのとおりなんですね。
 だから面白い。

 その「教祖化するまい、するまい」とすることによって
 「教祖化されていく」ところに何かがあって、
 これは、非常に興味深いことが
 いま現在進行形で起こっていると思うのですよ。

 あのう、塞翁先生の伝記を書くといわれている
 有名な学者の方がいるじゃないですか。

 あの方がやがて「塞翁伝」を書くとしても
 いまのわれわれ患者がリアルタイムで感じているような
 塞翁先生の実像というのは、
 はたしてどこまで描かれうるだろうか、
 と思うのですよ。

ナガレ その学者の方は、塞翁先生と
 ほんとうに最近は接触しておられないのかな。

ぼそっと そこはわからないけれど、 
 最近は接触していないように私は見受けるけれど。

 ただ、昔はすごく塞翁先生に近い方でいらしたし、
 だけれども、患者社会の中にどっぷりと漬かって
 私たちのように体験してきたわけではないでしょう。

 私という患者は、たとえば塞翁先生から見ると、
 「逆賊」「叛徒
 のように見られているのかもしれませんけれども、
 私のような客観性をもった患者は貴重なのですよ、
 手前味噌になるかもしれないけど。

 そういう批評眼をもっている患者がいて、
 はじめて治療者の像が描かれうる。

 ところが、まったく信者になってしまって、

 「ははぁ~、塞翁先生の言うことなら
 なんでも正しい~
 塞翁先生、ばんざ~い」

 となってしまうと、
 かえってこういう患者たちは、
 塞翁伝を書くには値しない存在になるのではないでしょうか。


……。
……。
 
 
・・・「父から逃げられない私(58)」へつづく
All Right Reserved (C)VOSOT 2013-2020