VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

父から逃げられない私(61)治療関係を断ち切るとは何を意味するか

父から逃げられない私(60)」からのつづき・・・

 
2016年5月収録
( )内補筆
 
ナガレ おれは年に60万も払ってない。
 塞翁先生と接触する時間も、すごく短い。

 しかしじつは、
 内心ではコミュニケーションが取れているんだ、と。

 そういう意味では、
 おれは、あのクリニックでは特級患者だと思う。

ぼそっと ほう。それは重要な証言ですね。

 個々の患者にそういうふうに思いこませることができる、
 というのがおそらく
 塞翁療法の真骨頂なのでしょうね。

 でも、そうすると、
 「塞翁診察」という、診察室のなかで
 個別の患者へ塞翁先生が語ることと、
 「さいおうミーティング」という、集団のなかで
 多くの患者の前に塞翁先生が語ることのあいだには、
 ちがいが出てくるでしょう。

 (このちがいが、
 患者村という共同体の運営にかかわることになると、
 いろいろ混乱を起こすことになるのです。

 「あっちでああ言い、こっちでこう言い。
 ほんとうはどっちなんだ」
 というわけです。

 すると、より塞翁先生に近い位置にいる
 上級患者の方が発言権を持っていますから、
 上級患者が、

 「塞翁先生はこう思っておられるにちがいない」

 といえば、下級患者は、

 「ははーっ。そうでございますか」

 と平身低頭するしかなくなります。

 私の方が社会常識的に正しいことをいっても、
 近親姦江青さんのいっている間違っていることが
 まかりとおった背景には、
 こういう力学が働いているのです。)

ナガレ 「診察」と「ミーティング」でちがうこと言われても、
 (おれみたいに9年とか)長いこと患者村に通っていれば、
 そのへんはどうしたらいいか、
 わかってくるもんだけど。

ぼそっと 私はあなたよりはるかに長く
 17年も患者村にいますけどね。

 (あなたは、私が患者村のことをわかっていない
 という前提で
 すべて考えておられるかもしれませんが、
 その反対なのですよ。)

 さて、そういたしますと、塞翁先生がミーティングの場で、

 「ふたたびこういうことをしたら
 治療関係を断ち切るぞ」

 といった。

 この「断ち切る」というのが、
 ナガレさんにとって脅威なのですね。

ナガレ 脅威だね。

ぼそっと 治療関係を断ち切られると、
 実際問題として、何が困りますか。

ナガレ やっぱり塞翁先生に代わる人っていないよね。

 まあ、いたら、そっち行くんだけど。

ぼそっと 塞翁先生はナガレさんに何をしてくれますか。

ナガレ この9年間ずっと自分を見てくれていた。
 
 あんまりドクター・ショッピングしてないんだけど、
 あの人以上におれを見てくれる人はいないんじゃないかな。

 あの人以上の精神科医って、やっぱ知らないから。

 だろっ?

ぼそっと いや、そこはノー・コメントですね。

ナガレ それを断たれるのは、
 やっぱかけがえのないものを失うことになるなあ、と。

……。
……。

ぼそっと 断ち切られると困る、その治療関係というのは、
 けっきょくナガレさんにとって
 何なんでしょうね。

 あのクリニックという場所ですか。
 居場所ですか。

ナガレ そりゃ、塞翁先生という信頼感だよ。

 精神科医である塞翁先生に対する信頼感。
 これは買いかぶりかもしれないよ。

 じつは、無能かもしれないけれども。

 いちおうあの人は有能で、
 いまの日本では
 精神科医としては自分に最善のことをしてくださる
 はずだと、
 いまんところは信用している
 ……かな。

 だから、その関係を断ち切られたくないな、と思う。

……。
……。
 
 
・・・「父から逃げられない私(62)」へつづく
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