VOSOT ぼそっとプロジェクト

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三島由紀夫を読み返す(27)復讐としての自己否定

三島由紀夫を読み返す(26)」からのつづき・・・

by 痴陶人 × ぼそっと池井多
 
痴陶人
最近、ある女性の脳科学者の
テレビでのコメントで興味深い話を聞きました。

人間の性格は、二、三歳で決まるというのです。
これは、三つ子の魂百までと言われるように、
別に新しい説ではありませんが、
子供の共感性は、二、三歳で決まるという意味で、
優しさをもって育てられた子供は、
大人になっても優しい人である
と彼女はいいます。

だから、
「二、三歳までに優しい子に育てましょう」
ということなんだろうと思います。

これもなんとなく、そうだろうなと思っていたことですが、
ここからが面白い。

母親が二、三歳までに、子に与えたその子の性格、
例えば
「頭のいい子、悪い子」
「面白い子、大人しい子」
「勇敢な子、臆病な子」
というレッテルが、13才頃には、
その子の性格として確定的に出てくるのだそうです。

母親が考え、その子に植え付けた性格の種子は、
確実に13才で発芽するということです。

つまり、
いい子はいい子になり、
ダメな子はダメな子になり、
グズはグズになる。 

そして人は、反抗期を経て、母親のレッテルに抗う。
ところが、その限界が25才頃にやってくる。
その脳科学者は、25才限界説とかいってました。

そして、五十を過ぎて鬱に陥る女性の多くは、
25才の頃の自分の生き方を悔いる傾向が強い
という統計が出ているというのです。

何かもっともらしい説にも思えますが、
私には当てはまっている気がして、興味深かったのです。

二三歳頃の話ではではないにせよ、
また、ルンペンみたいな子といわれたわけではないにせよ、
「≒ルンペン」になったというぼそっとさんの話は、切ないですね。

ただ、その背景には、
そんなにいうなら、
「ルンペンになってやる」
という例の腹いせはなかったでしょうか。

いずれにせよ何か非常にみにつまされる話ではあります。 


[ 痴陶人 ] 2017/5/16(火) 午後 7:16
ぼそっと池井多
 
痴陶人さま コメントをどうもありがとうございます。

お久しぶりですね。

非常に説得力のある説ではありますが、
それを語るのが脳科学者であるならば、
ぜひ脳科学的、脳神経的な解説とともに
それを実証してほしいものですね。

私の口からいうのはおかしいですが、
私が「ルンペン」ではないまでも
「ほぼルンペン」になったというのは、
まさにそれを裏づけることでしょう。

仮にそれが
「ならばルンペンになってやる」
という、いわば
「死んでやる」
に通底する
復讐としての自己否定
ともいうべき動機によるものであったにせよ、
そのようにしか自己の存在を示せなかったこと、
…言い換えれば、
主体を奪回するためにそのような隘路しかなかったことは、
やはりそういう状況を生み出した虐待者へ帰せられる責任であって、
虐待された子どもの責任ではない、
ということだけは確かでしょうね。

[ ぼそっと池井多 ]  2017/5/16(火) 午後 11:52
 
痴陶人
 
>主体を奪回するためにそのような隘路しかなかったことは、
やはりそういう状況を生み出した虐待者へ帰せられる責任であって、
虐待された子どもの責任ではない、
ということだけは確かでしょうね。

はい、私の言いたかったのもそこです。

いい子にしてなければ、
ルンペンになるぞ(するぞ)という、
脅しにも似た狭隘な価値観は、
それ以外に選択肢を思い付かなくさせる回路を
子供の脳内に生じせしめるように思うのです。

「八ツ橋大学か、しからずんばルンペンか」
という極端な二者択一の価値観は、
ナガレ家にもありましたね。
「東大か、しからずんば地蔵(死)か」
です。

こういう極端な価値観の押し付けは、
片方の選択肢に失敗したとき、
他の選択肢を選ぶという考えをなくさせ、
もう一方の選択肢を無意識に選びとらせることになりがちです。

ナガレはいまだに
「東大、東大」
といっていましたが、
それが達成できないと、
いきなり地蔵にならざるを得なく(死ぬしかなく)、
逆にいうと、中間の選択肢がないから、
死なないためには、いつまでも「東大」といってなければならないわけです。

ぼそっとさんの場合は、
八ツ橋卒業を達成されましたが、
達成したことにより、
それ以降のヴィジョンを喪失し、
選択肢が一つに狭まったともいえるわけです。

私が親の価値観が虐待に通じるというのは、ここですね。
子供の人生を隘路に陥れる。

そして、こういう極端な価値観は、
三島やドストエフスキーにも見てとれます。

三島は、
「英雄か、しからずんば死か」
と自決前に述べていますし、
ドストエフスキーは、
「英雄か、しからずんばどぶ泥(泥沼地獄=死)か」
と「地下室の手記」に述べ、
それが「罪と罰」の
「ナポレオンか蝨か」
を経て
「凡人非凡人論」
に繋がっていきます。

ちなみに三島の
「英雄か、しからずんば死か」
は、間違いなくドストエフスキーから持ってきていると思われます。

そういえば、マルグリット・ユルスナールは、
澁澤龍彦訳『三島あるいは空虚のビジョン』(河出書房新社)で、
三島の狂気が祖母夏子によって撒かれた種子という比喩を用いましたが、
思えば三島は、二、三歳の時に、
二人の母ともいえる祖母夏子と母倭文重それぞれに、
雅(貴族)と文学者という性格(属性)の種を植え付けられ、
十三才の頃には、既に見事に、発芽していました。

そして三島は、その二つのレッテルを
仮面の告白」の執筆で払拭しようと試みたと思えるのです。
私はそれを二十五才限界説とみていいように思います。

ここまでの三島は、
「文学か死か」
という二者択一で生きてきたのだと思うのです。

ところが、三島自らがいうように、
仮面の告白」の成功が、彼を生き延びさせた(裏返しの自殺)。
文学が彼を後二十年生きせた。

「英雄か、しからずんば死か」
は、三島らしいレトリックで、
一見二者択一に聞こえますが、
三島の英雄の定義が死ぬことを含んでいますので、実は
「英雄になって死ぬ」
という一つのことしかいっていないのです。

三島は確か「太陽と鉄」だったかで、
英雄としての死を文学者の死と対比して述べ、
文学者の死を否定します。

それはよくいわれるように、
太宰治の否定と捉えられがちですが、
それもあったにせよ、
私は母親の価値観
(名前が表しているように、母倭文重は、文学者三島の宰領)
との決別を意味したのだと思います。
つまり、母親の否定です。

橋本治は、「『三島由紀夫』とはなにものだったのか」(ちなみにこの書は、これまでの三島論の中で最も三島に肉薄した三島論だと思います)の中で、
戯曲「サド侯爵夫人」を母親との決別の話と解いていますが、
私もその通りだと思っています。

倭文重は、それを知って「何てつまらない」といったとされます。
そのつまらないの意味が、
私と橋本では、大きく違うのですが、それはいいでしょう。

「文学か死か」で、文学を選びとった三島、
つまり母親の世界を更に二十年延長して生きた三島が、
その価値観を否定して、死を選びとったのが
三島の自決だったと私は思っています。

私が母親への腹いせ死というのはここにあります。


[ 痴陶人 ] 2017/5/18(木) 午後 8:25
父親から近親姦をうけた女性が、
成人すると性風俗になることが多いというのも
そこへつながるのではないか、
と私は考えているのです。
 
[ ぼそっと池井多 ]  2017/5/19(金) 午後 11:52
 
 
痴陶人
仰言るとおり、近親姦被害者の女性が、
その復讐として娼婦(風俗嬢)になるということは、
おうおうにしてあるでしょう。

でも私には、二者択一を迫られ、
敢えて主体者の逆を選ぼうとする腹癒せ(復讐)とは、
真逆の防衛機構に思えるのです。

汚さないように気を付けて履いていた
新しい白いスニーカーがちょっと汚れた時、
泥々になるまで汚したくなる自暴自棄、
あるいは、木を森に隠す防衛機構ですかね。

つまり、父親や兄弟と寝た強烈な事実を
数多の男と寝ることで、
百分の一、千分の一、万分の一に薄め、
父親と寝たことが無かった、
あるいは、どうということなかったのだ
と自分に言い聞かせようとする心理です。

アナイス・ニンという女性作家がかつていました。
文豪ヘンリー・ミラーの元恋人で、
晩年は、ビッグマザーと呼ばれて
様々なジャンルの芸術家の
パトロン、サロンの女主人となった人で、
素晴らしいエロチカを残しており、
私などは、ミラーなんかより優れた作家と思っていますが、
その女豪傑は、敢えて自らの意思で、
実父と寝て、精神をおかしくしました。  


やはり、近親姦は、被害女性にとっては、
禁忌となるべき特別な何かなのだと思います。

被虐待児童が、
打たれたことを虐待ではなく、愛と思いたい時、
打たれたことを無かったことにしたいように、
近親姦の被害女性は、
その愛の行為を、父の性欲ではなく、
本物の愛と思いたいが故に、
薄めて無化すると同時に、
数多の男と寝ることで、
父との行為を特別なものと実証するために、
被害女性は、娼婦になるのかもしれません。
 

[ 痴陶人 ] 2017/5/21(日) 午前 9:20 
 
 
・・・「三島由紀夫を読み返す(28)」へつづく
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