VOSOT ぼそっとプロジェクト

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三島由紀夫を読み返す(28)登攀の時代

三島由紀夫を読み返す(27)

スパゲッティの惨劇(24+)」からのつづき・・・
by 痴陶人 × ぼそっと池井多
 
痴陶人
今回「スパゲッティの惨劇(24+)腹いせ婚」における
私の失礼な推測に誠実にお答えいただき、
私にはまた新たな側面が気になってきました。

以前にも少し触れ、ぼそっとさんも
「スケールは違うが確かに」
と認められていたぼそっとさんと、
三島由紀夫というか、平岡公威との生い立ちの相似です。

三島の祖父平岡定太郎は、
初代樺太庁長官まで勤めた人ですが、
三島にとっては、隠蔽側の存在の人物で、
生涯ほとんど祖父に言及することなく、
三島は扼殺します。

ただ、フィクションとしては、換骨奪胎して描かれており、
鹿鳴館」の殺し屋影山などは、
原敬の懐刀だった定太郎を彷彿とさせます。

猪瀬直樹は、三島の扼殺の理由を
後に政治に参入する人だけあって、
三代続いた平岡家の官僚の血の中に求めようちとします。

そして、定太郎が
樺太庁長官という名誉の裏側で起こした
疑獄事件や様々なスキャンダルを
官僚がよくやる記録からの抹殺と解きますが
私は違うと思っています。

後に自らもスキャンダラスな死を遂げるわけですから、
そんなことは三島にとって寧ろ名誉であると思われるわけです。

扼殺の理由、私は野坂昭如が仄めかし、
一時一寸した波紋を巻き起こしたとされ、
その後一部の研究家によって反証された、
定太郎の氏素性の方だと思っています。

三島のような人にとって、
犯罪よりも、育ちの悪さをいわれることの方が、
よっぽど堪えると思えるからです。

定太郎の妻、三島の祖母夏子は、
樺太庁長官まで勤めたこの豪傑をその育ちの悪さから、
生涯蔑み続けます。

これはちょっと
ぼそっとさんのお母様とお父様との関係にも似ていますね。

定太郎は、樺太庁長官の傍ら
様々な会社を経営したり、役員に名を連ねます。
こういう豪傑は、家庭を顧みませんから、
その家庭は、妻の宰領で動いているはずです。
況してやなつは、定太郎が長官であろうが、大臣になろうが、
全否定しますから尚更です。

私の勘違いは、
ぼそっとさんのお祖父様が、樺太満州の違いはあれど、
製菓会社を起業された方だと思っていたことです。

起業ではなく、大手一流企業の支社長とのこと。
ならばもしかしたら、
お育ちも悪くなく、名士であったかもしれませんが、
戦前戦中を当時の満州という地で、
その大企業を切り盛りされていたのですから、
お行儀のいいことばかりされていたわけはなく、
定太郎ほどでないにせよ、
かなり豪放な方だったと推測されます。

そしてぼそっとさんが仰言る通り、
様々な意味でワークホリック
家庭など顧みている暇はなかったことでしょう。

だとするなら、池井多家にも、
平岡家と同じような女性人の宰領があったに違いない
と思われるわけです。

今回私は、「腹癒せとしての結婚」という観点から、
一旦お母様の被虐待児童の可能性を引っ込めましたが、
伯父様が吃音だったことも含め、
まだその可能性は残っていますね。

それも、私の思っていた父親側の虐待ではなく
(むしろお母様は、お父様からは溺愛され、
気位の高さを、父親から受け継いだかもしれません)、
ぼそっとさんの仰言る母親側の虐待の可能性ですね。

平岡家の試験管内の化学変化を考えると、
それと同じ現象が池井多家に起こってもおかしくない。

夏子に育てられた息子梓は、
東大を出て、大蔵官僚になったとはいえ、
完全に発達障害、共感性が欠如しており、
いわゆる東大バカです。

その父梓は、息子公威が、
定太郎の血を受け継いだと、隔世遺伝を述べていますが、
それもあるかもしれませんが、
家庭内で強力な権力を持った女性に育てられた子供の子供は、
二重否定が肯定になるかの如く
「親の否定をして子供を育てると、
その子供は、やはり自分を否定して、自分の親に似る」
という側面もあるかもしれません。

私が気になったのは、池井多家の家系=育ちです。

別に私は、
下世話なゴシップめいた興味を抱いているわけではありません。

たとえば、ぼそっとさんは、
ご両親をお父様お母様と呼ばされているわけで、
それがぼそっとさんの母方のご祖父母の影響、
つまりそういうやんごとなき出の方々だったかどうかという興味です。

もしそうなら、何の不思議もなく、
むしろ、ならば何故お祖母様は、
娘とお父様の結婚を許されたのだろうという疑問に変わります。

しかし、 もしそうでないのだとしたら、
ますます平岡家に近づいてきます。

三島(公威)も父梓、母倭文重を
「お父様、お母様」
と呼ばされて育てられていますが、
定太郎は先に触れたように育ちが良くない。
祖母夏子も三島に貴族趣味を植えつけましたが、
別に貴族ではなく、宮家に奉公に出てただけです。

母倭文重も御嬢様に違いはありませんが、
高名な漢学者の娘で、
今でいうところの大学教授の娘といったところで、
別に上流階級出ではありません。

平岡家の場合のお父様お母様という呼称は、
上流階級に対する父母祖母の憧れであり、
背伸び、もしくは「我々はもう上流階級の一員だ」という虚栄です。

三島文学の本質は、
「非A」
(Aではないもの)から、
「非」を取り払い、「A」になることにある

と私は考えています。

たとえば、虚弱児がマッチョになる。
男でない者が男になる。
優等生が文学者になる。
貴族でない者が貴族になる。
凡人が英雄になる。
そういうことです。

そして、それは平岡家の歪んだ夢や憧れのアラベスクの具現者だということです。

三島は、天才的な刻苦勉励で、その全てを成し遂げました。

しかし、ひとつ間違えば、
こういう生育歴は、人間を狂人や殺人者に仕立てます。

いや、三島もれっきとした狂人であり殺人者です。

ただ、ぼそっとさんのお母様にある
狂気、虐待や虚言癖や自殺願望などを
「非」を取り去る錬金術を持って行いました。

自分を虐待し、虚言癖を作家という職業にし、
自分を殺す殺人者として、願望を行動に変えました。

お母様は、自分で行動せず、
ぼそっとさんを用いてその願望を果たそうとせずにはいられなかった。

そこには、一族の病が確かにあったのだろうと思います。

そう思えば、ぼそっとさんが家族療法を志向したのは、
間違いではなかったと私は思います。
 
 
ぼそっと池井多
 
私の母方の祖父の出自につきましては、
痴陶人さんの研究意欲に火をつけるであろう、
たいへん面白い話がございます。

長くなるので、
また機会をあらためて
述べさせていただこうと思っております。

三島が「非A」を「A」にする刻苦勉励の人生、
マルグリット・ユースナール風にいえば
「登攀の人生」であったことは、
やはり三島が生きた時代を表象していることでしょう。

戦争があり、敗けて焼け野原となり、
そこから高度成長を遂げて
経済大国となったプロセスは、
社会そのものが「非A」を「A」にする
登攀の時代だったことを忘れるわけにはいきません。

マリアテレサのいう
社会文化的コンテクスト(socio-cultural context)です。

その時代の空気を吸いながら、
あまり主体をしっかり持たない家族が、
社会に過剰適応してしまうとき、
その家族に育つ子どもの人生、精神、肉体に、
社会がはらむ不健康さが反映されていくことでしょう。

そういう家族は、
きっとたくさんいたのでしょう。

平岡家が、その一つであったとしたら、
「スケールは違うが確かに」
池井多家もその一つでした。

 
 
・・・「三島由紀夫を読み返す(29)」へつづく
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