VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

父から逃げられない私(65)完全な洗脳は、洗脳の罪にもならないか

父から逃げられない私(64)」からのつづき・・・

 
ぼそっと池井多 たとえばナガレさんが、そういうふうに
 父親から学歴主義の教育を受けて、
 こういうふうに大きくなってしまった、
 という現実がある。

 大人になってから、
 自分のほんとうの主体にめざめ、
 親からされたことを虐待だと考えることが、
 できるようになった。

 虐待された子どもが、そういうふうになれば、
 それは虐待なんだけれども、
 最後まで自分のほんとうの主体にめざめない場合、
 親からされたことを 
 虐待だと気づけない場合、
 というものもある。

 われわれの言葉でいうところの
 「AC自覚」
 というものにたどりつかない人もいる、ということです。

 そういう場合は、

 「私の親は、私を厳しく育てて、
 学歴ある人間にしてくださったんだな。
 ありがたいな」

 という評価で終わっているはずである、と。

 そのときは、なされた虐待は虐待にすらならないまま
 その人は人生を終わっていくかもしれない。

 そういうことを、
 ナガレさんはおっしゃりたいわけでしょう?

ナガレ 本人が納得していれば、それでいいのか、
 という問題だよな。

ぼそっと池井多 それが大きな問題だと思うんですよ。

 私の原家族で、私は二人兄弟で、
 弟と私に、
 親が、……とくに母親がすりこんだ価値観というものは、
 そんなに弟と私のあいだで大差ない
 と思うんですね。

 それで、どちらかというと長男である私の方に
 虐待的に、濃厚に
 母親の価値観はすりこまれたとは思うけれども、
 私が埋めこまれたのを、水でうすめたような価値観を
 やはり弟もすりこまれている。

 そして、弟はりっぱなサラリーマンになって、
 おそらく何の疑問も成育歴へ抱かないまま、
 いま生きているわけですよ。

 そうすると、さっきナガレさんがおっしゃったモデルでいうと
 架空の設定としてのクリスさん・サラさんカップ(*1)
 と同じになるんじゃないか、と。


 ようするに、本人が「それでいい」と思ってるんだから、
 母親のしたことは虐待にならないんじゃないか、と。

 それを外から
 「あいつはACだ」
 とか何だかんだ言う資格はないんじゃないか、と。

 そういうところへ、思考は行くわけですよ。

 そこで、あえてサラさんとうちの弟の違いを探すと、
 うちの弟は、そういうふうに
 「世界観的に強姦」され、
 それについて何の疑問も抱かず大人になっているが、
 その世界に安住してノホホンと生きている。

 一方、サラさんの場合は、
 周りはみんな、彼女のえらんだ近親姦カップル関係を否定し、
 周囲は敵だらけ。
 つまり、世界と対峙して生きている。(*2)

*2.サルトルの用語でいえば、
アンガジュマンしている」状態。

 「全世界を敵に回しても、私はこの関係を守る」
 と言って、「戦いに出ている」わけです。

 これは私は、弟とサラさんの大きな違いだと思うのです。

ナガレ でも、それだけ洗脳がうまく行ったといえるのでは。

ぼそっと池井多 なるほど、それはそうですね。

 しかし、そこまで洗脳がうまく行ったとなると、
 洗脳うんぬんを問題にすることに
 どれほど価値があるのでしょうか。

……。
……。
 
 
・・・「父から逃げられない私(66)」へつづく
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