VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

人とつながれない私(1)

Edited by ぼそっと池井多

今日から始まる新シリーズである。


という他のシリーズで、先日まで
フランスの女性ひきこもり当事者、テルリエンヌとの
対談を連載させていただいていた。

「女性のひきこもり」としては
ひじょうに密度の高いインタビューである、
ということでご好評をいただいたが、
じつはそれより約一年前、
「日本のテルリエンヌ」ともいうべき、女性ひきこもり、
瀬戸さんという方に
同じようなインタビューをさせていただいていたのである。

私は事前に瀬戸さんの話を聞いていたから、
民族こそ違え、テルリエンヌのお話をうかがうのも
スムーズにいった、ともいえる。

瀬戸さんのひきこもり歴は、
テルリエンヌより長く、約30年。

そのインタビュー記事は、
ある紙媒体のメディアに掲載されたが、
なぜかウェブ媒体では転載しないでほしいとのご希望が、
インタビュイー本人からなされていた。

いっぽうでは、紙媒体ではすこぶる好評で、
一年半という月日が経って
(それは、ひきこもり界隈では長い時間である)

「あのときの瀬戸さんのインタビューを読みたい」

という声を、最近あちこちからうかがうようになった。

なぜならば、多くの女性ひきこもりだけでなく、
男性のひきこもりも心底考えていることを
瀬戸さんは多く言葉にしてくれているからである。

今回、ようやく瀬戸さんから
ウェブ記事での配信の許可をいただいたので、
ここにお届けしたいと思う。

一年半前、紙媒体に載せるときに
紙面の事情により割愛せざるを得なかった部分も、
今回は復活させて配信する。

インタビューは2016年12月、まだ日本の社会でも
「女性のひきこもり」
という存在が、
ある種「めずらしい」とされていた時に行なわれた。


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人とつながれない私(1)


ぼそっと池井多:今日は女性のひきこもりのインタビューで、
瀬戸さんという方に来ていただきました。
どうもありがとうございます。

瀬戸:いえ、こちらこそ。

ぼそっと池井多:日本ではひきこもりと言うと39歳以下(*1)で、
女性のひきこもりにはスポットが当たっておらず、
世の中にあまり実態が知られてないですね。

*1. 当時の内閣府によるひきこもり調査では
対象は39歳以下であった。
今年は59歳以下まで年齢の幅を広げて
再調査が企画されている。


社会も、女性のひきこもりついては
対策や政策を考えないから、
いつまで経っても、女性の中高年以上のひきこもりの方は
社会の居心地が悪いだろうと、
そういう声が聞かれます。

失礼ですけど、瀬戸さんは今お幾つですか?

瀬戸:46歳です。

ぼそっと池井多:ひきこもりが最初に始まったのはいつ頃ですか?

瀬戸:18歳、大学に入ってすぐです。

あの時は、とにかく大学に行けない。……

なぜ、そうなったかの説明として
まず高校の話をすると、
高校では三年間寮生活でした。

田舎の小さい女子校で、
寮則が厳しかったのでしんどい面もありましたけど、
女性ばかりの中で居心地良く、
何となく当たり前のように受け入れられていたんですね。

とくに学校が好きだった自覚はないけど、
自覚がなくても良いくらい、
当たり前にいられたんだなと今も思っています。

寮と学校と街の図書館と貸しマンガ屋さんの四つの場所を結んで、学校ではクラスの子、
帰れば寮の子と話すだけで満足してる。

それ以外、外に出たいとか、
どこかおしゃれな場所に行きたい欲求もあまりなくて。

もともと、
派手にアクティブな方ではなかったと思うんですけど。
とにかくそういう中での三年間でした。

今から考えれば良かった、というだけで、
当時はすごい嫌だと思う事もたくさんあったんですけど、
寮母さんが厳しかったり。

でも居心地よく過ごして卒業して。……

これは私個人の問題だと思うんですけど、
中学を卒業して高校で寮に入った時、
嫌いだから切ったとかではなく、
何となく当たり前のように、
それまでの同級生たちと連絡を取らなくなった。

「もう連絡を取らない」
と決めたわけでもなく、なんとなく、ですね。

いま思うと
ああいうのを「関係を切った」と言うんだと思うんですけど。

で、高校卒業したら、
あんなに居心地よかった場所なのに、
今度は高校の同級生と交流しようという気持ちがないまま、
大学に行ったんですね。

でも、大学は私がいた高校とは全然違ってて、
自分で出て行って、
自分で人とのつながりや場所を確保しないと、
どこにも属せないと初めて知ったんですよ。

ぼそっと池井多:なるほど。
大学のある都市というのは
高校とは地理的に離れていましたか?……都会とか。

瀬戸:はい、地方都市でしたけど、
いちおう都会で、高校の町からも相当離れてました。

知り合いも親戚もぜんぜん居ない土地で、
知らない大学に入ったんですね。

その事を不安にすら思わなかったんですけど、
いざ直面すると、
自分には人と仲良くなって上手く繋がることができない

成育歴的な問題も絡んでくるんですけど、
自分から場所を作っていく力も私にはない。

それを求めて外に出ていく力すらだんだんなくなって、
部屋にいるばっかりになっていったんですね。

でも全く大学に行ってないわけじゃ無くて、
何とか週に二、三回、
大学は行っていたんですよ。

いま思うと「すごいな」と思うんですけど、
何とか授業も受けてたんですね。

そういう時にちょっと、人と話はするんですよ。

でも、そこから先、
人と上手くつながっていくことができなかったんですね。
 
ぼそっと池井多:ひきこもりになったきっかけが、
受験に失敗したとか、失恋したとか、
何か失敗体験である、という例は多く聞きますが、
瀬戸さんの場合はそういう始まり方ではなかったわけですね?

瀬戸:そうですね。受験に失敗したとかでも無くて・・・。

ぼそっと池井多:いじめにあったわけでもなく、
ちゃんと大学に入ったにも関わらず、
そこでひきこもりが始まってしまった、
というわけですね。

瀬戸:そうです。
高校の時は、たまたまそのクラスに居ただけなのに
受け入れられて、
何となくそれが居場所として通用していた。

それが、大学へ行ったら、
まったくそういうのがないところで、
一から人間関係、コミュニティを
自分で獲得しなきゃいけなかった。

そういう場面に直面した時に、
それをする力が私にはなかった所から
私のひきこもり始まったのだと思います。

他人と関係を築けない
というのは、もっと前からうすうすあったんですけど、
高校のころは、ありがたいことに、
それも個性として受け容れられていたんです。

高校のクラスの中には、
お互いの家に泊まりに行って、
深く親友として付き合っている人もいました。

でも、私はそういうつきあいはなかったです。

でも、それはそれで個性って感じで、
なんとなく楽でいられました。

人と関係を作れなくても、
何となくそのままで受け入れられてる感じでしたね。
それが良いことだったのかどうかはまた別として。

でも大学に行ったら、
人と関係を作ることがすごく重要になってきた。

私にはその能力がなかったんで
コミュニティも持てないし、
本当にすごい孤独になっちゃって。

自分はもともと孤独に強い、
一人でも平気な人間だと思ってたんですよ、高校までは。

でもそれは、コミュニティで受け入れられつつ放っとかれ
見捨てられてるんじゃないからこそ
一人でも平気だと思っていただけだったんです。

ほんとうに誰ともつながれない、
属する場所もない、
身の置き所がない、……となると、
もう、ひきこもるしかなかったんだと思うんです。

 


 
 
 
・・・「人とつながれない私(2)」へつづく
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