VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

人とつながれない私(3)キラキラした外の世界が「痛い」。

人とつながれない私(2)」からのつづき・・・

 
ぼそっと池井多:瀬戸さんはなんとか大学は
出ることができたわけですね。

そのあとは、就職しないで
アルバイトして、
それがずっと続いていたわけですか?

瀬戸:いいえ。

それまで大学在籍中もひきこもりだったのに、
卒業後はいきなり外に出て働かざるをえなかったわけで、
それはすごくつらかったです。

とにかく家賃、食費分はぎりぎりアルバイトで働きました。

でも、それ以上は本当に働けない。

時給も低かったですけど、
ただただ自分がすり減って行くのを感じていて、
本当につらかったです。

「人生そういうものだよ」

という人もいるかもしれませんが、
私は、そうは思わない。
とてもそうは思えない。

もうやめたい。
死にたいわけじゃないけど、こんな生活をやめたい。

「だったら、もっと働いて稼いで、その生活から抜け出せ」

というのが、ふつう言われることなのでしょうけど、
それができないから問題なわけで。

私はただ「逃げたい」と思ってました。

ただ自分が擦り切れていくだけの状況から逃げたい。

努力するとしたら、
努力するために、さらに擦り切れなきゃいけない。
自分がやりたいことをやってるわけではないから。

でも一方では

「ふつうに努力すれば良かったじゃん」

という自分もいるので、
上手く説明できないですけど、
なるべく素直に正直に話すと、
ただただ、本当に逃れたかったです。

毎日毎日ただただ家賃のために働いている、
という生活が耐えられませんでした。

人との関わりも相変わらず持てませんでした。

ここからメンタルクリニックに繋がっていく様子なんかも
話していいですか?

ぼそっと池井多:よろしければお願いします。

瀬戸:さっき、

「自分は孤独でも平気な人間だ」と高校の頃まで思っていた、

といいましたけど、
社会の中の孤独は、
コミュニティの中で放っといてもらう豊かなひとりぼっちとは
ぜんぜん違います。

まったく周囲と遮断された一人として、
とりあえず自分の身体を生かすためだけに
アルバイトを続けて生きていました。

そのことが、本当につらくて、
ただただ「逃れたい」ってずっと思ってました。

それと同時に私は、
どこかで何かを表現したいという気持ちを
ずっと持ってたのですね。

でも大学でコミュニティを失ったぐらいから、
その気持ちがずいぶん歪んできちゃっていて…。

もともとそういう要素が私にはあったのだと思うんですけど、
「表現したい」
っていう気持ちが、大きくなって。

私は本当はすごい奴なんだ。
ものすごい才能を持っているのに
今はそれを出せていないだけなんだ

という感じで、
だんだんひきこもって人と関われなくなっていく自分を守るために、気持ちをどんどん歪めてしまった。

気持ちが素直なものではなくなっていったんですね。

肥大化した自己愛、表現欲。

「表現したい!」
ではなくて
「自分は何かすごい才能を持ってるんだ!」
に閉じこもってしまうと、
だんだん気持ちが膿んで、赤く腫れ上がって行ったのです。

ぼそっと池井多:気持ちが赤く腫れ上がっていった…。

瀬戸:そうなると、たまに外に出た時に
いろいろな物が目に入ると、痛いんですよ。

キラキラした物や、人のいい所、
才能表現に関係あることならもちろん、
あらゆることですね。

豊かな人間関係を持っていそうな人、
友達が多そうな人、
ほんのちょっとした他人のいい所が、
全部、痛いんです。

全部、自分への攻撃のように感じるというか。

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瀬戸単にあたしがそれを痛い刺激として受け取ってただけなんですけど、あんまり痛いので余計に他人と関われない。

もともと人と関われないところに、
表現したいという気持ちが膿を持って、
ますます他人と関われなくするサイクルに陥りました。

ひきこもったまま卒業して、
喰うためだけに働いた時に、
膿は抱えたままだったなので、
とにかくつらいんですね。

だから余計に、
自分の中にどんどん閉じこもって他人と関われなくなるし、
でもコミュニティに属しているわけではないから、
完全に遮断されているし、
本当にニッチもサッチも行かなくなって、
精神科の医療機関に繋がったのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
・・・「人とつながれない私(4)」へつづく
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