VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

積もっていくお菓子のゴミ(98)加害者の過去の被害

積もっていくお菓子のゴミ(97+)

共感の不可能性と希望」からのつづき・・・
 
 
ぼそっと池井多 私の母親が、私の生まれる前に
 どのような被害を受けて
 どうして虐待母になったのか
 私は知らないのです。

 私が訊こうとしても、
 母が語らないからです。
 
 しかしニャロさんは、
 ニャロさんを虐待した父親が、
 ニャロさんが生まれる前に受けた虐待被害というものを
 どうして知っていらっしゃるのですか。

ニャロ いくつか知る要因があるんですけれども、
 一つはわたしが直接、祖父母
 つまり父の両親から、
 わたし自身が直接、暴力を受けました。

 それからこんにちでいうDVですね、
 父の父が、父の母つまり私の祖母に対して
 暴力をふるおうと追っかけまわしているのを
 何回も見ています。

 それを見て、子ども心に
 齢をとった人たちのそういう暴力状況に
 驚いちゃった、というか…

 それから父自身が、
 けっして被害という言葉を使わないけれども、

 「昔、こういうことがあった、
 ああいうことがあった」

 という話を出したときに、

 「それは彼自身の身には
 あまりにもきついことだったのではないか」

 と思えるようなエピソードがいくつかあったりするので、
 父が子ども時代を生きるのは
 いかに厳しかったか、ということは
 想像に難くないんですね。

 それはもう日々、伝わってきていました。

ぼそっと池井多 そこは私の母親とはちがうところですね。

 私の母は、ぜったい自分の過去は不用意に語らない。

 被害者に立ちまわって、つまらない話を語ることはあっても、
 私が聞いたら、ぜんぜん被害だと思えない話ばかりなのです。
 日常的に誰しも体験するような話ばかり。

 誰しも体験するような、ささいな生きづらさが
 私の母にとってはおおげさな被害話になるということは、
 もっと大きな体験が過去に埋もれているのだろう
 と想像するのですが、
 それはけっして母は語らない。

 語らないから、わからない。
 語らないから、
 もしかしたらそういう被害はなかったのかもしれない。




 
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